中洲一丁目売地あり
詳しくはお気軽にお電話ください
🔔 お知らせ・周辺のイベント等
<令和5年8月18日更新>
メディア出演のお知らせ
平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
この度、テレビ朝日系列にて放送中のドキュメンタリー「テレメンタリー2023」にて、朝日放送テレビ(ABCテレビ)にて過去に放送された弊社代表が出演した映像が再編され、「境遇の垣根を乗り越えて」というタイトルで放送されます。是非ともご視聴いただければと存じます。詳細は下記をご参考ください。
参考:「テレメンタリー2023」公式ホームページ
九州朝日放送における放送予定日時:令和5年8月29日(火) 深夜25:30~
なお、ご視聴の放送局によって放送時間が異なる場合がございます。ご視聴される場合には次のURLをご参考ください。参考:「系列局での放送時間」
<令和4年2月12日更新>
抗原検査キットの取り扱い
平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
弊社では新型コロナウイルス感染症に関する対応として、COVIT-19 研究用抗原検査キット(唾液によるセルフ検査タイプ)を450円(税込)でお譲りしております。
詳細につきましてはお問合せフォームまたはお電話にて、お気軽にお問い合わせください。
(研究用抗原検査キットは新型コロナウイルス感染症の診断に用いることを目的としていないため、体外診断用医薬品に該当するものではありません。予めご了承いただきますようお願い申し上げます。)
<令和3年11月27日更新>
AED設置のご報告
平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
この度、弊社が所有する「MANMAN中洲ビル」エントランス内に AED(自動体外式除細動器)が設置されました。
AED(自動体外式除細動器)とは、心臓がけいれんし血液を流すポンプ機能を失った状態(心室細動)になった心臓に対して、電気ショックを与え正常なリズムに戻すための医療機器であり、2004年より医療従事者ではない一般市民でも使用できるようになり、現在では人が多く集まるところを中心に設置されています。
中洲一丁目・二丁目では唯一の設置カ所となります。
AEDは操作方法を音声でガイドしてくれるため、簡単に使用することができます。是非ともご承知おきいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。
なお、弊社従業員は全員普通救命講習を受講済みです。緊急時には必ず指示に従っていただけますよう、よろしくお願い申し上げます。
<令和3年9月20日更新>
研修旅行のご報告
平素は格別のご高配を賜り厚くお礼申し上げます。
今月上旬に弊社従業員一同にて、熊本県へ研修旅行に出かけて参りましたことをご報告申し上げます。
大型施設における設備管理状況や、コロナ下での観光遊技場のホスピタリティーに触れたことで、従業員各々が仕事に対しての思いや意気込みをより一層強くすることができた研修旅行となりました。
<令和3年9月9日更新>
お知らせ
平素は格別のご高配を賜り厚くお礼申し上げます。
先頃、中洲新地内の路上にて不正薬物使用後の残骸と思われるゴミを巡回中の弊社の従業員が発見いたしました。
不正薬物は使用に限らず譲渡、譲受、所持でも法律によって厳しく罰せられます。
周辺店舗様及び中洲新地でご遊戯頂かれる方につきましても、そのような不正行為の現場を目撃された場合には速やかにその者より距離を取り、警察へ通報いただきますよう、ご協力をお願いいたします。
<令和3年8月11日更新>
慰労会のご報告
平素は格別のご高配を賜り厚くお礼申し上げます。
先日8月6日にテナント様ならびに周辺店舗様へ日頃のお礼とご慰労をかねまして、MANMAN中洲ビル裏駐車場において、従業員のマスク着用・手指消毒薬の設置など感染予防対策を講じたうえ、ささやかながら慰労会を開催させていただきました。
お忙しい中ご参加いただきまして、誠にありがとうございました。
当日、「新型コロナウイルスに対する医療従事者への義援金」として募金箱を設置させていただきました。多くの方にご賛同いただきまして、寄付金の総額は 5,504円 となりました。ご協力頂いた皆様にこの場を借りて心よりお礼申し上げます。
寄付金は全て日本赤十字社を通じて、県の医療従事者の方々へ寄付させていただきます。後日こちらの記事にて追記として寄付完了のご報告をさせていただく予定です。
今後とも末永くお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
<令和2年12月23日更新>
古物商始めます
この度、中溝観光開発グループにて新たに古物の取り扱いを始めました
福岡県公安委員会許可
第901042010099号
古物商
(代表者)原田恵子
詳しい事業内容等につきましては
近日公式ホームページを開設いたしますので
今後とも宜しくお願い致します
<令和2年11月25日更新>
法務省より感謝状を頂きました
様々な社会福祉活動に取り組む中で
弊社の代表取締役である中溝茂寿は令和2年1月10日、
法務省より協力雇用主として登録を受けています
「その人の人生を代わってあげる事はできないけれど、一緒に悩み導いてあげる事はできる」
という信念のもと、就労支援事業に取り組み
令和2年11月24日、福岡市保護観察所より感謝状を頂きました
誰しも1つ目標を持てば横道にそれる事もないはず
だから
必ず目標を与えてあげたい
今回感謝状を受け、
今後も協力雇用主として、また一会社としても、
少しでも多くの人にやりがいや希望を持ってもらう為に
維持継続していけるよう努力していきますので
何卒宜しくお願い致します。
<令和2年12月5日更新>
新型コロナウィルス感染対策として
近日、新型コロナウイルスの感染拡大が再度目立ち始め、第3波の襲来などと言われています。
弊社では日頃入館される各テナントスタッフ様やお客様に安心して頂けるよう
より一層感染対策に尽力して参りますので、今後とも宜しくお願い致します。
・弊社管理施設で行っている感染対策
エレベーターを定期的に次亜塩素酸消毒液で消毒しております
特に、不特定多数の人が頻繁に触れるボタンや手すり部分の消毒を徹底し、
入館人数の多い日は、エレベーター内全体を隈なく消毒しております
また、弊社の管理施設で設置している自動販売機・郵便ポストの消毒も定期的に行っております。
・弊社従業員の行っている感染対策
出勤時は必ず体温測定報告を行います。
体温37.5℃以上を勤務不可と定め、
少しでも体調不良を感じる時は確実に会社に報告する事を徹底しております。
業務時はフェイスシールドの着用を心掛けております。
・弊社ビルへ入館されるお客様へのお願い
マスクの着用にご協力お願いします
灰皿や床などの共用部に痰や唾を吐く行為をご遠慮ください
体温が37.5℃を超え風邪の症状等がある方は入館をお控えください
各店舗が実施している検温等の新型コロナウィルス対策にご協力をお願いします
令和元年12月13日
中洲町 飲酒運転,違法な客引・スカウト撲滅防犯パレード
中洲「飲酒運転撲滅」「違法な客引」「違法なスカウト」撲滅防犯パレードが行われました
参加団体は中洲町連合会,博多警察署,福岡市所,博多区役所に一般の方を含めて実施されています
弊社も運動に参加し、中洲町の安全・安心をもとに、楽しく過ごせる町にしていくことを
訴える等の活動をさせて頂きました。
上記の撲滅防犯パレードは年に4回(6月,9月,12月,3月)行っていますので
皆様も是非、参加して「より良い中洲」を作っていきましょう!
櫛田神社 初詣・新年祈祷
🎍新年あけましておめでとうございます🎍
福岡県福岡市博多区上川端町1-41 所在の櫛田神社にて初詣・新年のご祈祷を行えます。
櫛田神社は古くから「お櫛田さま」の名で地域の人々に親しまれている神社で、
日本神話における大八幡主神・天照大神・素戔啼神を祀り、
不老長寿・商売繁盛のご利益があるとされています。
わたくし達、中溝観光開発 社員一同も櫛田神社に新年祈祷・お参りに向かわせて頂きました。
櫛田神社境内では願掛けや、商売繁盛・不老長寿のお札、おみくじ、開運コーヒー等の
販売が行われています。
初詣やご祈祷をまだ済ませていない方は是非、櫛田神社に向かわれてみてはどうでしょうか!
櫛田神社では7月に催される博多祇園山笠の「追い山」の舞台としても有名で、
山笠の資料や博多の歴史を展示した「博多歴史館」も境内に併設されています。
興味のある方は一度足を運んでみるのも良いですよ(^▽^)
その他イベント・行事
1月8日~12日
十日恵比寿神社 正月大祭
場所:福岡市 十日恵比寿神社
簡易説明
8日の初恵比寿、9日の宵えびす、10日の正大祭、11日の残りえびすと続きます。
博多芸妓による「かち詣り」が行われ芸妓は一年の開運、商売繁昌を祈願してます。
公式ホームページはこちらをクリック
1月11日
福岡市消防出初式
場所:福岡市 マリンメッセ福岡
簡易説明
今年一年の防災の決意を表すため消防出初式が行われます。
海上に向かっての一斉放水や、はしご乗りやまとい振り、消防音楽隊による演奏、
はしご車の試乗や消防車両の展示コーナーも設けられます。
2月2日~3日
東長寺 節分祭
場所:福岡市 東長寺
簡易説明
東長寺にて節分祭が行われ、演芸の披露や福引き、お餅や豆、みかんなどがまかれます。
それに加え、国の重要文化財である「千手観音立像」のお披露目もあるそうです。
2月3日
櫛田神社 節分祭
場所:福岡市 櫛田神社
簡易説明
江戸時代末期から盛大に行われている櫛田神社の節分大祭は、
毎年立春の前日に開催されます。日本一の“おたふく面”や超特大の福枡が飾られ、
厄除祈願の参拝者で賑わいます。仮装して参拝する“お化け参拝”や、縁起ものの熊手の内側におたふく面を取り付けた“福寄せ”を手にした様子は、博多の風物詩となっています。
3月6日~8日(日)
博多座公演『デスノート THE MUSICAL』
場所:福岡市 博多座
簡易説明
2003年、集英社「週刊少年ジャンプ」に連載された漫画「DEATH NOTE」(原作 大場つぐみ 漫画 小畑健)は、
日本累計発行部数3000万部を超え、2006年には、映画「デスノート」が公開。数々の興行記録を打ち立てその人気は日本にとどまらずアジアをはじめ海外にも広がっていった。
日本ミュージカル界に漫画原作×ブロードウェイミュージカルという革命を起こした。
初演以来熱狂的な作品ファンを生み出しました
『デスノートTHE MUSICAL』は、“デスミュ”(デスノートミュージカル)として子供から大人まで楽しめる第一級のエンターテインメント作品として愛される作品となっています‼2017年の再演では日本国内を飛び出し海外公演(台中公演)でも大成功をおさめている。
是非福岡にいらしたら足を運んでみてください。
進化を続ける新生「デスノート THE MUSICAL」をお見逃しなく!
三月下旬
キャナルシティ博多内ユナイテッド・シネマキャナルシティ13
場所:福岡市 キャナルシティ博多
簡易説明
IMAX®デジタルシアターは、改装工事の為一時休映しています。
再開は3月下旬ごろを予定いたしており、
革新的な4K投影システムと最新の12chサウンドシステムで、
最高級品質の上映を可能にするIMAX®レーザーを九州で初めて導入するそうです。
今までにない感動体験をすべての人にというキャッチコピーを胸に
独創的な発想と優れたテクノロジーで映画鑑賞の可能性を
広げてきたIMAX®から、新たに「IMAX®レーザー」が誕生しました。
革新的な4Kレーザー投影システムを採用し、より鮮やかで明るく、深みある
コントラストの超高解像度映像を実現。
IMAX®ならではの大スクリーンに映し出すことで、
従来とは一線を画す劇的な体験をもたらします。
さらに音響面では、これまでの水準を超えるダイナミックレンジと
高密度サウンドを実現する最新の12chサウンドシステムを採用。
圧倒的な臨場感で客席を包みます。
これまでの限界を超えた新しい映画の世界へ。
「スターウォーズ ~スカイウォーカーの夜明け~」がオススメです
弊社におけるコロナ対策について(4月16日)
いよいよ、春に入り桜も咲いてくる時期になりますね。
そこで弊社が拠点としている博多区の
オススメ花見ポイントを3つ程紹介していきたいと思います!!
4月上旬
清流公園
場所:福岡市博多区中洲1丁目7 清流公園
簡易説明
清流公園より那珂川通り沿いに桜並木があります。
キャナルシティから「清流橋」を渡った場所が「清流公園」です。
見晴らしがよく、花や木々が植えられており,
散策途中の休憩にぴったりの癒しの空間になっています。
4月上旬には、JR博多駅から天神を結ぶ2.5キロ間を福博道しるべとし、
地元の小学生や地域の人たちが植えた、色とりどりのチューリップが咲きます。
4月上旬
山王公園
場所:福岡市博多区山王1丁目9 山王公園
簡易説明
博多区の桜の名所といえば、山王公園の桜でしょう。
普段は普通の公園ですが、桜の花が咲く時期は桜の名所としてたくさんの見物客が訪れます。
桜の花は福岡市内でも美しい桜を見る事が出来る公園です。
併設している博多体育館・野球場ではスポーツが楽しめる施設でもあります。
4月上旬
冷泉公園
場所:福岡市博多区上川端町7−109 冷泉公園
簡易説明
博多区のオフィス街に位置し、普段の冷泉公園は公園と言うより広場と言った方がいい
付近に住む子供たちがボール遊びしています。
都心部の貴重な憩いの場所として親しまれている公園。
夜には公園の横道路(歩道)に屋台が並びます。
園内にはサクラの老木も多く、春の花見シーズンには大勢の人でにぎわいます。
5月の博多といえば、博多どんたくで決まりですね!
毎年5月3日と4日に開催されるお祭りで、
動員数は200万人を越え国内でも最大級のお祭りです。
博多祇園山笠、筥崎宮放生会と並んで、
福岡博多を代表する人気のお祭りで、
毎年ゴールデンウィークはどんたくを見るために
博多へ来られる観光客も少なくありません。
野外での見て楽しめる6月のオススメ観光スポット
① 白糸の滝 滝開き (糸島市)
糸島市の南側に位置する羽金山中腹の「白糸の滝」は、
標高530メートルの川付川(かつきがわ)水源地近くにあります。
高さ30メートルで県の名勝に指定され、
真っ白なしぶきをあげて落ちる水流は圧巻です。
清流にはサンショウウオも棲息するといわれています。
滝の前面には、県の天然記念物で樹齢300年以上の万龍楓でや10万本のアジサイなどが
自生していて、梅雨時期には美しいアジサイ達がお出迎えしてくれます。
また、滝の周りは「白糸の滝ふれあいの里」として整備されており、
食事処や土産品の販売などが行われています。
夏場には「やまめの塩焼き」や糸島の郷土料理を食べられるほか、ヤマメ釣りや「そうめん流し」の体験が可能です♪滝や山合いの景色を満喫でき、家族連れや友人連れなどに人気のスポットのため、滝をじっくりと味わいたい場合にはオフシーズンに行くのがおすすめです。
【住所】福岡県糸島市白糸460-1
【電話番号(問い合わせ)】
092-323-2114(白糸の滝ふれあいの里)
【交通アクセス】·JR筑肥線筑前前原駅からバスで約30分·福岡前原道路、前原出口から車で約20分
② 太宰府天満宮 花菖蒲 (太宰府市)
太宰府天満宮の東神苑にある「菖蒲池」。
毎年6月にはおよそ55種、3万本の花菖蒲が一斉に開花します。白、うす紫、紫の花菖蒲が咲き揃う様子に、しっとりとした風情を感じることができます。
6月の週末には花菖蒲を夜間ライトアップされて幻想的な風景を
味わう事が出来ます。
(昼間は池に浮かぶ淡く美しい花菖蒲)
(夜間はライトアップされ幻想的な世界に♪)
【見ごろ】
6月初旬~中旬
【場所】太宰府天満宮境内·菖蒲池福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号
【交通アクセス】西鉄太宰府駅から太宰府天満宮へは徒歩5分程度。
意外と知られていない!?
山笠の本格始動を始める6月の行事!!
【通年なら山笠で大きく博多は賑わうのですが、本年は新型コロナウイルスの爆発的な被害とこれ以上の感染拡大を防ぐために中止になってしまいました。】
ここで、6月から行われる山笠の重要なイベントを
紹介したいと思います!!
① 山笠委員寄 5月下旬
山笠委員になった町総代6名と当番町町総代が
予算や毎年配られている、その年の記念手拭のデザインは
実はこの寄合いで決められます!!
② 棒洗い 6月上旬
一年間しまわれた6本の舁き棒を洗い清める行事です。
当番町が合いかんと引き換えに櫛田神社で
舁き棒を受け取り、櫛田神社浜宮(博多区築港本町)で
神事をおこない海水で洗い清めます。
③ 標題の発表 6月4日
山笠振興会から
その年の全ての山笠の標題
(各流のデザインイメージ)が
発表されます。
山笠ファンはこの日を毎年楽しみに待たれています♪
④ 取締初寄/山笠委員寄 6月上旬
取締初寄りは各流の取締12名が集い、
当番町取締を議長に、行事日程、山小屋や太鼓台の位置など
多岐にわたり詳細な審議を行います。
⑤ 小屋入り 6月中旬
山小屋を建設する場所、それに使う道具等をお祓いをします。
日本建築ではお馴染みの行事ですが、
山笠でも同様に日柄のよい日を選んで行います。
出席者は山笠大工、人形師、各町町総代、当番町です。
↓この辺からは至る所で山笠の雰囲気が出てきます↓
⑥ 小屋掛け 6月下旬
3日間ほどで山小屋を建設します。
山小屋の建設地は原則的に当番町の中で、大黒流の場合、舁山の表が南(櫛田神社側)、または筋によっては東を向くように建てられます
⑦ 山台組み立て 6月下旬
山笠の台を組み立てて装飾し、棒〆(舁き棒を固定する作業)ができる状態まで仕上げます。
作業にあたるのは山笠大工、日雇方、当番町らです。
八つ文字縄(山笠の4本の足に対角線状に張る縄)は山笠が衝撃に耐える要となる部分で熟練した山笠大工のもと、当番町らが協力して作業にあたります。
(山台組み立て)
(棒締めに使う専用の木槌)
夏といえば、海!!!
福岡でオススメの海水浴場♪
① 芥屋海水浴場 (糸島市)
9月の第一週末に行われる『SANSET LIVE』で有名な芥屋海水浴場ですが、、実は、夏場の海もオススメです!!
オシャレな海の家ときれいな海♪しかも、サップやボートの貸し出しもあります♪
沖にはネットもされていてクラゲもあまり居ないので、クラゲに刺されるのが嫌だから海に行きたくないという方々にもオススメです♪
夕方には、舗装された波止場風の場所の先端で夕焼けもロマンチックに見ることも出来ます!!
(オシャレな浜辺ときれいな海水)
(上空から見た芥屋海水浴場)
【住所】福岡県糸島市志摩芥屋
【交通アクセス】·車:前原インターより25分·バス:昭和バス 芥屋線 終点芥屋バス停 下車 徒歩5分
② シーサイドももち海浜公園 (福岡市)
市内でも有数の浜辺です!!
天神や博多からもスグの場所にある『シーサイドももち海浜公園』は
綺麗な砂浜の中に、オシャレなレストランや結婚式場が
隣接したオシャレスポット『マリゾン』と海が融合した人気スポットです♪
夜になると、『マリゾン』の照明も点灯して幻想的な雰囲気がカップルにも人気のスポットになっています!!
(海の上のマリゾンと綺麗な砂浜)
(夜のライトアップされたマリゾン)
【住所】福岡県福岡市早良区百道浜
【交通アクセス】·車 都市高速 百道ランプから
約3分·地下鉄 西新駅(1番出口)から
徒歩で約15分
·西鉄バス 福岡タワー南口(TNC放送会館)から
徒歩で約3分
③ 深江海水浴場(糸島市)
筑肥線 【深江】駅から数分の場所にある、深江海水浴場は様々なマリンスポーツが楽しめるだけでなく
音楽市場を牽引し続ける大手である『avex』が手掛けるオシャレな海の家が毎年運営されています♪
音楽企業ならではなイベントやライブがめじろ押しな海の家は毎年大盛り上がりです♪
【住所】福岡県糸島市二丈深江2129−5【交通アクセス】·車 二丈浜玉道
約1分·電車 筑肥線 深江駅から徒歩で約10分
·タクシー
約5分(1メーター程)
福岡が誇る三大祭りの1つ
『博多祇園山笠』
約800年の歴史が有り、毎年7月1日~7月15日まで行われる福岡の人なら
誰でもが盛り上がる大きな祭りと言えば、誰しもが思い浮かべるはず!!
7月1日
注連(しめ)下ろし
町の角々笹竹を立て注連縄を張り、竹で作った”素朴”な御幣を添える。
その後は櫛田神社の神官が各流れの安全を祈願して祝詞を読み
当日から最終日までは各地で張られた注連縄なども
目に入ると思うので、山笠の季節になったことがうかがえるものになっています。
7月9日
全流お汐井(しおい)とり
各流れでそれぞれが筥崎宮の鳥居の袂にある、箱崎浜まで向かい
『お汐井』と呼ばれる、砂浜の砂を持ち帰り各家やお店などに飾り、縁起物とされています。
7月11日
朝山·他流舁き
早朝と他流舁きの2回
一日で2度山を舁くのはこの日のみ
7月13日
集団山みせ
呉服町交差点~天神までの約1.3kmを全流れが舁く山の勢いと迫力はとても圧巻です!!
7月15日
追い山
早朝4:59から始まる各流れのタイムを競う祭りを締めくくる最も熱くなる祭りのフィナーレです!!
その他にも、多くの行事の詰まった福岡人が愛してやまない祭りになります。
お時間のある方は、是非熱い男たちの祭りを間近に感じてみてはいかがでしょうか?
●福岡10月のイベント●
★中洲まつり★
(開催地:福岡市博多区 日程:最終週の木曜日~金曜日)
九州最大の歓楽街である中洲
その中洲が街全体ではしご酒、ハロウィン、学生プロレスなど
様々なイベントを濃縮し、非常に賑やかな時間を演出します
中でも、中洲ならではのイベント 『花魁道中』 『中洲國廣女みこし』 は、
中洲に多くあるお店の中で、特に人気の高いキャストの女性方が
花魁の姿で中洲を歩き、祭半被を着て神輿を担いだりと
いつもは見ることのできない貴重な姿を見ることができます
毎年このイベントを楽しみに、遠くからも人が集まって来る程です
残念ながら、今年2020年は新型コロナウイルスの影響もあり
最小規模での開催となってしまいました……
しかし、コロナ収束後は
必ず中洲を盛り上げてくれるイベントであること間違いありません
機会がありましたら、是非とも参加を考えてみてはいかがでしょうか♪
<中洲まつり 開催地周辺マップ>
★春日奴国あんどん祭り★
(開催地:春日市 日程:10月中旬)
昭和52年に市制5周年を記念して開催された『春日市民祭り』から名称を改め、
『春日奴国あんどん祭り』となったのは平成24年のこと
古人の暮らしの光であった行燈(あんどん)を祭りの会場内に灯して、
古人を偲び、市民のふれあいの場とするために、
祭りの内容も大きく変えて、市民の心に深く刻まれる“まつり”として
『春日奴国あんどん祭り』に生まれ変わりました
公園内の至る所に設置された行燈の光は優しさと幻想感に溢れ
カップルや家族連れにも非常に喜ばれるイベントとなっております
春日奴国あんどん祭りも、今年は新型コロナウィルスの影響により
開催が中止となってしまいました
因みに、行燈は灯籠(とうろう)や提灯(ちょうちん)と似た照明器具のこと
灯籠は現代でいう街灯、提灯は携用の照明(懐中電灯)
これらに並び、行燈は主に室内で用いられていた照明だそうです
何故この祭りでは行燈が選ばれたのか、
考えながら参加してみるのも面白いかもしれませんね♪
<春日奴国あんどん祭り 開催地マップ>
♪11月のイベント情報♪
雷山観音の紅葉
(開催地:福岡県 糸島市 日程:11月上旬から下旬にかけて)
山の中部に位置し、紅葉の名所として福岡では有名な寺院です♪
約1300年の歴史を誇る境内には樹齢約400年の大楓があります。
その大楓を紅葉と共に見る雷山観音は、
いつまでも記憶に残る絶景であること間違いありません‼
<雷山千如寺マップ>
横綱奉納土俵入り
(開催地:住吉神社 日程:11月初旬)
これは心身を清めるのと同時に神様に土俵入りの姿を見せ
奉納するということで長年続いている神聖な行事です。
相撲好きの中では、いつもの会場での距離よりも
さらに近くで力士達の勇ましい姿を見ることができ
非常に人気があります♪
残念ながら2020年の九州場所は新型コロナウイルスの影響により
両国国技館で行われることになりました。
(本行事の開催有無についての情報はこちらより確認できます)
歩射祭(ほしゃさい)
(開催地:住吉神社 日程:11月7日)
こちらも、横綱奉納土俵入りと同様で
福岡市博多区の住吉神社でのイベントとなります
起源は古く元慶2年(西暦878年)に新羅(今の南朝鮮半島)の
海賊船日本に攻め入ろうとしたのを防いだことから始まったそうです。
平和や疫病退散を祈願して矢を放つこの行事は、
近年の情勢にとても関係性の強いものがあると感じます♪
住吉神社はとても美しく、勝負の神様でもあるので
観光に来られる方にも人気のスポットです
ぜひ、一度訪れてみてはいかがでしょうか?
<住吉神社マップ>
2020年,周辺で開催されるイルミネーションスポットをご紹介します♪
ベイサイドプレイス博多
開催期間:2020年12月1日~2021年3月14日
住所: 福岡県 築港本町13-6 ベイサイドプレイス博多
アクセス:JR博多駅から西鉄バス博多ふ頭行きで15分、終点下車すぐ
点灯時間:18:00~24:00
見どころ:ベイサイド通りに並ぶパームツリーの綺麗なライトアップに注目♪
大丸福岡天神店
開催期間:2020年11月3日~2020年12月25日
住所: 福岡県 天神1-4-1 大丸福岡天神店 エルガーラ・パサージュ広場
アクセス:西鉄天神大牟田線西鉄福岡(天神)駅からすぐ、または地下鉄天神駅から徒歩5分
点灯時間:9:30~23:00※11月3日は18:00~、12月25日のみ~21:00
見どころ:未来への希望の光として点灯されるクリスマスツリーに注目です♪
博多駅
開催期間:2020年11月5日~2021年1月6日
住所:〒 福岡県 JR博多駅前広場
アクセス:JR博多駅(博多口)からすぐ
点灯時間:17:00~24:00
見どころ:駅前広場の屋根に星空を模して飾られるイルミネーションに注目♪
キャナルシティ博多
開催期間:2020年11月14日~2021年2月14日
住所:福岡県福岡市博多区住吉1-2
アクセス:中洲川端駅より南新地を北から南に抜けて徒歩15分
点灯時間:17:00~24:00
見どころ:3Dプロジェクションマッピングと同時に飾られる世界観に注目♪
福岡タワー
開催期間:(期間によってイメージカラーが変わります)
住所:福岡県福岡市早良区百道浜2-3-26
アクセス:地下鉄西新駅より徒歩20分
点灯時間:17:00~23:00
見どころ:クリスマス当日限定の綺麗なライトアップに注目♪
天神地下街
開催期間:2020年11月6日~12月25日
住所:福岡県福岡市中央区 天神地下街
アクセス:地下鉄天神駅より徒歩3分
点灯時間:5:30~24:30
見どころ:光り輝く白木の並木道に注目♪
海の中道海浜公園
開催期間:12月19日、20日
住所:福岡県福岡市東区大字西戸崎18-25
アクセス:JR海ノ中道駅より降りてすぐ
点灯時間:17:30~21:00
見どころ:1万本のキャンドルで描かれる幻想的な地上絵に注目です♪
新年あけましておめでとうございます
旧年中は大変お世話になり社員一同心よりお礼申し上げます
本年も弊社とご関係頂く皆様と共に
より一層の発展を目標として尽力させて頂きます
今後とも何卒宜しくお願い申し上げます
弊社では、令和3年1月4日に
本社より徒歩3分程の距離にある
櫛田神社へ初詣に参りました
商売繁盛のお櫛田さまとして篤い信仰を集める櫛田神社です
代表取締役をはじめ、社員も一緒に今年の弊社の繁盛を祈願して来ました
今年はさらなる規模拡大を目指し、
新規事業を立ち上げていくことを目指しています。
その為にも、現体制の基盤をしっかり固める事に重点をおき
全社員一丸となって一歩ずつでも前進していきます
ここで福岡のオススメ初詣スポットを一覧表で紹介します♪
場所名 | 住所 | 紹介 |
十日恵比寿神社 | 〒812-0045 福岡市博多区東公園7-1 | 「えびす様」と「だいこく様」に商売繁昌を祈願する神社です |
宮地嶽神社 | 〒811-3309 福岡県福津市宮司元町7-1 | 金成、商売繁昌、開運の神を祀る神社です |
愛宕神社 | 〒819-0015 福岡市西区愛宕2-7 | 日本三大愛宕の一つ、福岡の守護社です |
筥崎宮 | 〒812-0053 福岡市東区箱崎1-22-1 | 平安時代の雅を今に伝える玄界灘に面した八幡宮です |
宗像大社 | 〒811-3505 福岡県宗像市田島2331 | 道の神様として古代より信仰されてきた日本最古の神社の一つです |
太宰府天満宮 | 〒818-0117 福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号 | 学問の神様として菅原道真が祀られています |
住吉神社 | 〒812-0018 福岡市博多区住吉3-1-51 | 災いから身を守る神が祀られ、古くから信仰されています |
まだ初詣へ行かれていない方はぜひ上記の場所を参考にお考え下さい♪
※尚、各神社とも様々な方法で新型コロナウィルス感染対
2月の風俗は閑散期だからこそ
弊社がテナントを貸し出している地域、
中洲の南新地(風俗街)ですが
過去の回遊客量を統計的に見ると
2月は「暇」な時期になります・・・
しかし、だからこそ!
24時間365日いつでも南新地にいる弊社が
自信をもってオススメしたい
風俗店での遊び方をご紹介します♪
この「暇」な2月こそ
なかなか遊べない人気のキャストや
いつもは待ち時間で
なかなか足の向かない有名店が
いますぐに遊べる
簡単に遊べる
これは大チャンスではないでしょうか
是非、新しい何かとの出会いを
2月の中州南新地で見つけて頂けたらと
心より願っております・・・
宜しくお願いします
新型コロナウイルスも落ち着いてきたので
気分を盛り上げれるイベントをご紹介!!
柳川雛祭りさげもん巡り(柳川市)
全国的には、男雛と女雛を中心に宮中の役に沿った人形達を
ひな壇に飾っているだけの場合が多いですが、
福岡の中でも珍しく水郷の柳川地域では
天井から吊り下げた、
飾りもの『さげもん』を飾っている所が多く
至る所で雛人形とさげものを見学公開を行っています。
能古島夜桜と菜の花ライトアップ(福岡市西区)
博多湾に浮かび都心からも気軽に行ける島
『能古島』
この能古島で四季折々の花や様々なアクティビティが楽しめる
のこのしまアイランドパークでは、
この季節ならではの桜と菜の花をライトアップして
夜桜と菜の花を同時に楽しめるようになってます!!
日が沈んだ直後、薄明の時間だと、
淡い蒼色の空と淡い桃色の桜に華やかな菜の花の黄色
何処を見ても美しい風景が目に留まります♪
完全に日が沈み切った後も美しい夜桜と菜の花は照明に照らされて
また違った幻想的な景色に息を呑む美しさです!!
【開催期間】
3月20日~4月5日
【開催場所】
福岡県福岡市西区能古島
【アクセス】
地下鉄·筑肥線 姪浜駅から
「能古渡船場行」の西鉄バス「姪浜渡船場」
~市営フェリー「能古渡船場」
~西鉄バス「アイランドパーク入口」下車
福岡市内でもイチゴ狩りが出来るスポット
『池イチゴ園』
特殊な栽培方法で育てたイチゴは
人気の高いあまおうは糖度は13度に対して
ここで育てられたイチゴは、なんと糖度16度~19度!!
更に、大きさも普通のイチゴよりも遥かに大きな実は
デパート等に一切卸さず、
直接来園された方しか味わう事の出来ないそうです♪
【住所】
福岡市西区今津2032
【問い合わせ先】
092-806-3995
【営業時間】
9:00~16:00
発祥の宝庫? 承天寺のご紹介
承天寺(じょうてんじ)は福岡県福岡市博多区にある臨済宗東福寺派の寺院です。鎌倉時代の仁治3年(1242年)に駿河(現在の静岡県)出身の円爾(えんに)という人物により開山されました。宋出身の貿易商の諸国明(しゃこくめい)や、武藤資頼(むとう すけより:鎌倉時代の武将)の助力によって創建されたお寺です。
円爾は建仁2年(1202年)に生まれ、幼少期より京都・鎌倉で参禅し、34歳で宋へと渡り無準 (ぶじゆん) という臨済宗の僧に師事しました。そして帰国して博多に立ち寄った際に承天寺を開山したのです。その後は京都五山の1つ・東福寺を開山し、臨済宗の流布に尽力しました。
諡号(しごう:貴人や高徳の人に死後送られる名前)は聖一国師(しょういちこくし)であり、僧侶として最高の栄誉である国師号を日本で初めて贈られました。
博多祇園山笠
承天寺は博多の祭りとして全国的に有名な「博多祇園山笠」の発祥の地とされていて、山門横には「山笠発祥之地」の石碑が設置されています。
仁治2年(1241年)に博多で疫病が流行した際に円爾が木製の施餓鬼棚(せがきだな:生前の悪行などにより餓鬼となった霊魂や、無縁仏など供養されない死者に施しを行う法会の際に特設される祭壇)に乗り、甘露水を撒きながら町を清めてまわり疫病退散を祈祷したことを発祥とするのが最も有力な説とされています。
現在の山笠でも承天寺前の道には赤い清道旗が立てられ、「清道」と呼ばれる重要な場所に指定されています。追い山が承天寺前の細い道をぐるりと巡って男衆が住職に一礼する形で伝統は引き継がれています。
承天寺の境内は市道によって北東と南西に分かれています。これは昭和38年(1963年)の博多駅移転に伴う区画整理事業によって通されたもので、それにより仏殿のある南西部分と開山堂、方丈(ほうじょう)、石庭のある北東部分に分かれています。
平成16年(2014年)には承天寺通り前に「博多千年門」が建てられ、歴史的文化財が多く残る博多の寺社町エリアへと導くシンボルとなっています。
山門から入って仏殿などを見学し、道路を渡り通用門(中門は通常閉鎖されていて入れません)を入ると、左手に左から饂飩蕎麦(うどんそば)発祥之地の碑と御饅(まんじゅう)頭所の碑、そして博多織の技術を宋から持ち帰ったという満田弥三右衛門之碑の3つの石碑が並んでいます。
うどん・そば
円爾は宋から製粉技術を持ち帰り、国内に粉食文化であるうどん・そばを広めたといわれています。博多千年門前には中世博多のうどん再現し提供する明治23年(1890年)創業の「春月庵(しゅんげつあん)」があります。特徴は茶褐色の麺で、麺自体が香ばしい麦の味がして、口に含むとなんともいえない小麦粉の香りが漂うそうです。また、うどんだけでなく香り高いそばも人気とのことです。
春月庵 承天寺前店
【住所】〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前1丁目7−1
【電話番号】092-473-2911
まんじゅう
饅頭も博多に初めて伝わったと言われています。円爾が博多に帰着した折に、禅の布教に出向いた先の茶店でそのもてなしに感銘を受け、茶屋の主人栗波吉右衛門(くりはきちえもん)に 酒麹で種をふくらませる酒皮饅頭の製法を教え、看板用に筆を執り「御饅頭所」の書を与えたとされています。茶屋の屋号が虎屋だったので「虎屋饅頭」とも呼ばれたそうです。
今もその看板は現存しており、羊羹で有名な和菓子屋老舗「虎屋」が所蔵しています。
博多織
博多の商人であった満田弥三右衛門(みつたやそうえもん)は円爾と共に中国の宋へ渡り、様々な技術・製法を学んで帰りました。満田弥三右衛門はこれらの技術・製法を多くの人々に伝えましたが、織物の技術だけは、家伝の秘宝としたそうです。
子孫は長い年月をかけてさらに研究と改良を重ね、そうしてできた織物は、中国における博多の呼称のひとつ「覇家台(はかた)」を取って「覇家台織」つまり「博多織」と名付けられたと伝えられています。後に江戸時代の藩主 黒田長政が幕府への献上品としたことから博多献上・献上博多・献上などと呼ばれるようになったそうです
通門から入って右手には開山堂(常楽院)があります。入り口は通常閉鎖されており一般には公開されていません。
左奥に向かうと方丈という建物があり、その前が洗濤庭(せんとうてい)という玄界灘を表現した白砂と中国大陸を表現した緑がある枯山水の庭園となっているそうです。残念ながら一般には未公開ですが、イベント時などに中に入って見ることができます。中門が開いている時には、門外から眺めることは可能とのことです。毎年秋に開催される「博多旧市街ライトアップウォーク 千年煌夜」では開山堂と合わせてライトアップが企画されるそうです。
なお、去年は新型コロナウイルス感染拡大のため開催は見送られました。今年の開催は未定とのです。
萬松山 承天寺
【所在地】〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前1丁目29−9
【電話】092-431-3570
参考:
Wikipedia
御供所.info https://www.gokusho.info/map/info/tourism/2011/02/jotenji.html
トラベルjp https://www.travel.co.jp/guide/article/12225/
お知らせ
先日(8/29)、中洲新地内で早朝に空き巣事件が発生いたしました。近隣店舗の皆様はご注意ください。それに伴い、深夜から早朝にかけて新地内を巡回中の弊社の従業員が、店舗の皆様にお声がけをさせていただく場合がございます。ご理解の程、何卒よろしくお願いいたします。
豪雨災害に備えて
先月中旬、九州北部を中心に記録的な大雨となりました。福岡市でも大雨警戒レベルで最も高いレベル5の「緊急安全確保」が発令される事態となり、数日間降り続いた雨により8月の月降水量が統計開始以来最も多くなりました。
大雨の被害に遭われた方々へ心よりお見舞いとお悔やみを申し上げます。
福岡市では過去の平成11年6月に降水量が1時間あたり77ミリという豪雨により、福岡市を流れる御笠川が氾濫し、福岡市街部で甚大な被害が発生しました。
博多駅周辺では1m程度の浸水被害が発生し、地下街にも大量に水が流れ込みました。この出来事が日本の都市部における水害対策の問題提起となったとされています。
近年は「ゲリラ豪雨」などと呼ばれている大雨の発生が増えていて、大雨注意報や大雨警報の発表基準に達しない雨量でも数十分の短い時間で局地的に大雨が降り、それによる災害が起こっています。
「命を守る行動」を可能にする為には、日頃から防災への意識や避難の心構えを養う必要があります。今回は防災についての情報をお届けいたします。
「警戒レベル」の見直し
現在、災害時には「避難情報に関するガイドライン」(内閣府(防災担当))により自治体から5段階の警戒レベルを明記して避難情報が提供されます。
これまで、警戒レベル4は、「避難勧告」と「避難指示」の2つの情報で避難が呼びかけられていましたが、今年から「避難勧告」が廃止され「避難指示」に一本化されました。これにより警戒レベル5を待つことなく、警戒レベル4までに避難することが必要となります。
具体的には「警戒レベル3」で高齢者など介助が必要な人は危険な場所から避難、「警戒レベル4」で全ての人が危険な場所から避難する必要があります。
なお、マンション等にお住まいの方で、浸水想定の深さがご自宅の階層の床の高さを上回らない場合は、屋内で安全確保することも適切な避難行動となります。
また、既に水害が起きて道路が冠水している場合、足元が水に浸かった状態で移動する際には、道路と水路の境がわからず水路に落ちたり、マンホールや側溝の蓋がずれていて足を取られたりすることがあります。状況によっては、無理をして避難所まで行かず、自宅の高いところに避難することが適切な場合もあります。
内閣府では「避難行動判定フロー」を公開しており、災害時にとるべき避難行動をフローチャート形式で追うことが可能です。下記のリンクよりPDFをダウンロードできますので、ご確認いただければ幸いです。
資料→内閣府「避難行動判定フロー・避難情報のポイント」[PDF]
都市部で起こる「内水氾濫」
「洪水」はともかく、「内水(ないすい)氾濫」は聞きなじみのない方もいらっしゃるのではないでしょうか?
洪水は、河川の水位が上昇によって堤防を越えて水が市街地に溢れ出たり、堤防が決壊することで発生します。
内水氾濫とは、下水道などが排水能力を超える降雨により、雨を河川等に放流できずにマンホールから溢れ出たり、逆流することで発生します。
舗装の普及した都市部では、大量の雨が一気に低い地域に流れ込むことで内水氾濫が引き起こされ易く、特に地下街は雨水流入による水没の危険に曝されています。地下施設内では地上の状態がわからないので避難行動が遅れがちとなり、また停電や水圧でドアが開かなくなるなど、地下特有の危険が多いことを意識しておく必要があります。
福岡市では博多駅周辺のみではありますが内水ハザードマップを「福岡市Webまっぷ」上の「総合ハザードマップ」にて公開しております。著作権の関係上、この場で公開することは不可能なので下記にリンクを貼らせていただきます。リンク先を是非ご覧ください。
情報の収集
大雨による災害発生時や災害の発生する恐れがあるときは、正確な情報の収集が必要となります。福岡市では主に気象庁・福岡管区気象台からの「大雨洪水警報・注意報」と福岡市からの「避難勧告」が発表され、いずれもテレビ・ラジオ・インターネットから発信されます。
福岡市では、大雨を含む災害に関する情報を「福岡市防災ホームページ」で提供しています。こちらは試験運用ではありますが、トップページから最新の情報が分かり易いようにリニューアルされています。
また「福岡市防災気象情報」では、福岡市を中心とした雨量、河川の水位および河川の様子を監視するライブカメラの情報を公開しています。河川に近い場所のお住いの方には非常に参考になる情報源です。
他にも福岡市では、メール、LINE、アプリと、様々な媒体を通じて防災に関する情報を提供しています。
「福岡市防災メール」は防災に関する情報を携帯電話などに電子メールで提供しています。受信内容は個別に選択できます。気象警報・注意報は勿論、様々な災害情報やPM2.5などの環境情報・週末の天気予報も配信されています。水位局(中小河川)については防災メールの配信対象外ですのでご注意ください。
「福岡市LINE公式アカウント」の情報配信サービスでは防災・ごみ出し・子育てなどの市政情報の中から、必要に応じて選択した情報がタイムリーに配信されます。
防災アプリ『ツナガル+(プラス)』は日ごろから自治会や地域サークルなどでの情報交換ツールとしても活用でき、有事には災害時モードに切り替わります。
上記の情報源のリンクを下記にまとめておりますので、詳細や登録方法についてはそれぞれのリンク先にてご確認ください。
→「福岡市防災ホームページ」
→「福岡市防災気象情報」
→「福岡市防災メール」
→防災アプリ『ツナガル+(プラス)』
参考:
「福岡市総合ハザードマップ」
https://webmap.city.fukuoka.lg.jp/bousai/f_portal.html
「政府広報オンライン」
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201906/2.html
福岡の新たな顔「春吉橋」
九州最大の商業地である天神と、繁華街として知られる中洲を結ぶ「春吉橋(はるよしばし)」は、1961年に架設されました。弊社の中洲管理事務所から直ぐの場所に所在しています。
完成から50年余りが経過したことで、老朽化による損傷が著しく、また塩害も進行しており、更に基礎が木であるため地震に対する十分な耐力が期待できないことから、2013年から今現在まで橋梁架替工事が行われております。
今年8月時点で国土交通省九州地方整備局 福岡国道事務所により、本年度中に新橋が完成し通行できる見通しであると発表がありました。
一般的な橋の架替工事の場合、仮設の迂回路橋を設置し、工事完了後にその迂回路橋を撤去します。しかし、今回のプロジェクトでは、迂回路橋は工事完了後も撤去せずに温存して、水上広場として活用されることが計画されています。2019年には試行イベントとしてナイトマーケットが開かれ、多数の反響を得たそうです。
広場は道路または都市公園に指定されることになり、道路の場合は「歩行者利便増進道路」による占用許可、都市公園の場合は設置管理許可、Park-PFI(公園の整備を行う民間の事業者を公募し選定する制度)または指定管理者制度による民間事業が想定されています。
2022年完了予定の地下鉄七隈線延伸と合わせ、中洲への天神方面からの人の回遊がますます見込まれることとなります。
福岡都心部のほぼ中心に位置し、これから新しい福岡の顔として期待される「春吉橋」にご注目ください。弊社では春吉橋からすぐの場所に物件を複数揃えております。どうぞお気軽にお問合せください。
旧・春吉橋?
実は1948年に現在の春吉橋が架けられるまでは、横に架かる歩行者専用橋の「中洲懸橋(なかすかけはし)」が「春吉橋」と呼ばれていたそうです。
中洲懸橋は1687年に木製の橋として架けられ、1910年に花崗岩を使用した石組みの橋になったと言われています。その際に使われていた石は上記右写真のような形で現在でも橋脚の石材として使用されています。
なお、2009年に行われた春吉橋下部の河床掘削工事において、当時の石組の材料が川底より発見され、これらは春吉公園にて花壇の一部として利用されています。
旧・春吉橋は、今の春吉橋が作られた時に取り壊される予定だったそうですが、地元の要望で「中洲懸橋」と名を変え、今も歩行者専用橋として残されています。
参考:
https://k-keikaku.or.jp/%E6%98%A5%E5%90%89%E6%A9%8B%E3%81%A8%E7%A9%BA%E9%96%93%E5%86%8D%E7%B7%A8/
一般社団法人 九州地方計画協会
新地下鉄駅「櫛田神社前駅」
福岡市営の地下鉄七隈線は中央区の天神南駅から西区の橋本駅までを繋ぐ地下鉄路線です。博多区側の終着駅となっている天神南駅は、西鉄福岡(天神)駅に隣接しているものの、博多駅との接続がないうえに、地下鉄空港線の天神駅からも距離があることで、利便性にやや欠ける面があります。
現在、天神地区と博多地区との結び付きを強め、七隈線の利便性を向上させるために、下記の図のように天神南駅から地下鉄天神南駅からJR博多駅間の延伸工事が進められています。
延伸区間は2013年12月に着工し、当初2020年に開業予定でしたが、2014年と2016年に発生した道路陥没事故によって、2017年に開業を2022年に先送りすることが決定されました。特に2016年11月に起こった博多駅前の陥没事故は道路幅いっぱいの30m四方に陥没が広がり、その規模から当時は大々的に報道されたことから、記憶に新しいかと思います。
延伸される区間の間には新たに駅が設置され、2021年7月に駅名が「櫛田神社前駅」に決定しました。櫛田神社は、ユネスコ無形文化遺産に登録されている1200年以上の歴史をもつ神社で、「博多祇園山笠」で有名です。駅の場所はキャナルシティ博多前付近となり、丁度弊社の本事務所のある岡本祇園ビルの前に位置することになります。
また、延伸を機会に新たに「3000A系」と呼ばれる4本の新型車両が投入されることになりました。車両の内装はアフターコロナを意識した抗菌・抗ウイルス素材が使用されるとのことです。開通に先駆けて2車両が今年の冬から運用予定とのことです。
天神地区の「天神ビックバン」と博多駅周辺の「博多コネクテッド」による老朽化したビルの建て替えによって、両方の地域での新たな雇用と活性の創出が期待される中、七隈線延伸によって天神と博多駅が直接繋がることによる影響は非常に大きく、乗車人員は日に82 千人(うち新規利用者数は約23千人/日)が見込まれています。「櫛田神社前駅」周辺および双方の中間に位置する歓楽街の中洲地域の活性は必然の状況となりました。
参考:福岡市地下鉄七隈線延伸事業
https://subway.city.fukuoka.lg.jp/nanakumaline_extension/
博多の名物「櫛田のやきもち」
季節は冬となり、朝晩の冷え込みも日増しに強まってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?新型コロナウイルス感染拡大に伴う、政府対策本部による県での緊急事態措置は解除され、第五波の感染状況も落ち着いてまいりました。来年は一年ぶりの初詣に向かわれる方も多いのではないでしょうか。
古くから博多の総鎮守として信仰を集めていて、博多祇園山笠の「追い山」の舞台で有名な「櫛田神社(くしだじんじゃ)」は商売繁盛の御利益で知られており(境内に鎮座する「夫婦恵比寿神社(めおとえびすじんじゃ)」に由来する)、正月三ヶ日には多くの初詣参拝者でにぎわいます。さまざまな景品が用意される「福みくじ」は恒例の人気くじとなっています。
その櫛田神社の南神門の前にある、博多の名物「櫛田のやきもち」で親しまれる「櫛田茶屋」さんはご存じでしょうか?地元に根付き愛されているお店には、伺ったのは平日の昼前にもかかわらず、お客さんが続々と櫛田のやきもちを求めて訪れていました。
「やきもち」は福岡県に在住の方であれば「梅ヶ枝餅」と聞けばピンとくるのではないでしょうか?小豆餡を薄い餅の生地で包んでから型で焼いた焼き饅頭ですが、「櫛田のやきもち」は側の端のお餅が香ばしく、餡との量のバランスが良くて、餡は上品な甘さの粒あんです。実際いただいたところ、なめらかな餡は小豆の皮が口に残ってしまうようなこともなく、またもう一つ…と手が伸びる逸品でした。お店横のベンチに座って焼き立てをいただくことも可能です。地元の方が遠方にいらっしゃるご家族のために送られることも多いとのことで、冷凍での全国発送も承っていらっしゃいます。電子レンジで温めれば熱々のやきもちがいただけます。
「櫛田茶屋」さんは創業八十年以上(正確な記録はないとのこと)になり、現在の店主の荒牧英敏さんは三代目になられます。櫛田神社の雅楽会にて祭典に奉仕されていて、山笠では総務を務められたこともあるお方です。準備でお忙しい中にもかかわらず、突然の訪問にも気さくに応じてくださり、ひっきりなしに訪れるお客さんにニコニコと笑顔で対応されているお姿に、行列が絶えない理由が垣間見えました。
一個130円の櫛田やきもちは一日に何個売れているか店主の荒牧さんも数えたことがないとのことで、お伺いした際には十個単位で購入されているお客さんもいらっしゃいました。数が多い場合には事前に電話でお問い合わせいただいたほうが確実かと思われます。朝11:00からお店を開けて準備されているとのことで、出来立てをいただくのであれば12:00前後の訪問がお勧めとのことです。例年正月三ヶ日にもお店は開いていらっしゃるとのことで、櫛田神社に初詣参拝の際には是非お立ち寄りされてみてはいかがでしょうか?
お店の情報
店名: 櫛田茶屋
住所:〒812-0026 福岡県福岡市博多区上川端町1-12 博多駅より徒歩10分
電話番号:092-271-7618(予約可能)
営業時間:11:00~17:00
定休日: 月曜日(要確認)
備考: 冷凍クール便にて全国発送可能とのこと
新年のご挨拶
新年明けましておめでとうございます。
旧年中はひとかたならぬご厚情を賜り、誠にありがとうございました。
昨年はコロナ渦による厳しい社会情勢の中、皆様からのご支援により事業を推進することが出来、社員一同感謝の気持ちでございます。
弊社では昨年より新たに複数の事業を始動しております。
企業活動を通じてより豊かな社会・地域づくりにより貢献できるよう、尽力して参る所存でございます。
本年もより一層のご支援、お引立てを賜りますようお願い申し上げます。
さて、本年も恒例となりました「櫛田神社」へ社員一同で初詣に行って参りました。
旧年の無事を報告すると共に新年を迎える喜び、また今年一年の無病息災、家内安全、商売繫盛を祈願させていただきました。
更なる飛躍の年になるよう社員一同精進して参ります。
令和4年1月4日
有限会社 中溝観光開発 社員一同
見えない火にご用心
二月に入り暦の上では春が始まっていますが、寒い日が続いています。寧ろ暦とは裏腹に真冬の厳しい寒さに逆戻りすることも多々あります。今シーズンは季節の進みは遅く、寒気の影響が長引くと予想がされています。
まだまだ、暖房器具が手放せない日々が続くようですが、それに伴いこの時期は暖房器具による火災が増加します。
nite(独立行政法人 製品評価技術基盤機構)によると、2013年度から2017年度の5年間に暖房器具の事故は1064件あり、意外にもカーボンヒーター・ハロゲンヒーター・温風機を含む電気ストーブによる事故が多数を占めています。電気ストーブは炎を出さないので火事になりにくいと思われがちですが、洗濯物を近くで干したり、寝るときにベッドの近くにつけておいて毛布が引っかかったりすると、火災につながる恐れがあります。また、こたつの中に洗濯物を入れて乾かそうとしたところ、洗濯物に火がついたという事例もあります。
電気暖房器には火がないため火災は発生しにくいだろうという油断や誤解が生まれがちです。電気ストーブの赤い光は、熱が発生したときの副産物に過ぎません。熱の本体である赤外線は目に見えません。これは“見えない熱”である「輻射熱」です。
輻射熱は「熱源の温度にかかわらず、対象の温度を上げる熱」です。炎熱が熱源の温度以上に触れている対象の温度を上げることはないのに対し、輻射熱は熱源表面よりも高い温度を、輻射を浴びた対象に与えます。即座には燃えないものであっても温め続けて乾燥させ、水分の蒸発による温度低下がなくなると、「発火」するまで温度を上げ続けてしまいます。
「発火」とは
「引火」とは気化したガソリンに静電気で火が付くような、わずかな火から着火することをさします。物質の種類ごとに特定の温度で引火するようになる「引火点」が存在します。
「発火」とは、引火と違い、全く周りに火の気がなくてもある温度を超えると自然に火が発生することをさします。この温度を「発火点」と言います。輻射熱は火がないので、輻射熱が原因となる火災は発火現象によるものになります。
火は目視することが可能で、触れれば熱く、燃焼の際はすぐ燃え広がります。しかし、輻射熱の場合にはゆっくりと時間をかけて発火点まで到達し、火の気のないところから火が発生します。そのため発火まで気づかずに火災に繋がってしまいます。輻射熱を利用した暖房器具を使用する際には、そのことに注意する必要があります。
暖房器具を使用の際には周囲に可燃物などを置かず、特に衣類などを乾かさないようにし、就寝時には必ず電源をオフにして消火をご確認ください。
参考:
nite(独立行政法人 製品評価技術基盤機構)
https://www.nite.go.jp/jiko/chuikanki/press/2018fy/prs181122.html
消防研究センター
http://nrifd.fdma.go.jp/public_info/faq/teionhakka/index.html
中洲最南端にある巨大な石灯籠とは?
中洲の南端には「清流(せいりゅう)公園」という小さな公園があります。弊社の管理物件が直ぐ傍にあり、従業員には馴染の場所であります。遊具などは設置されていないものの、四季折々の花が植栽され、時折催し物が開催されるなど、観光客や近くで働かれる方にとっての憩いの場所となっているようです。
キャナルシティ博多から眺望できるその園内の南端に、その場には似つかわしくない巨大な石灯籠がそびえ立っています。この灯篭は「博多町家寄進高灯篭(はかたまちやきしんたかとうろう)」という明治33年に商人たちの寄進により建てられたものです。
博多下川端の漬物商、八尋金山堂の八尋利兵衛(やひろりへい)が発起人となり、現在のキャナルシティ博多がある場所に4年の歳月を経て明治30年に「住吉向島遊園地」が開園されました。その開園記念として出資者の屋号を刻んだ高さ10mほどの石灯籠が建てられました。元々灯篭は園の敷地内に建てられていたそうですが、閉園後に敷地内が荒らされ、また地盤の弱さから灯篭が傾き倒壊の恐れがあったことなどから昭和29年に現在の場所へと移設されたとの趣旨の文言が傍の石碑に刻まれています。
石灯籠には風化により若干読み取りづらくはなっているものの、至る所に多くの屋号や人名が彫られていることが確認できます。残念ながら取材時に確認することが出来なかったのですが、現在も百貨店岩田屋の前身である岩田屋呉服店の屋号もあるとのことでした。広告塔を兼ねて設置された石灯籠はまさに現在のスポンサー制度の走りだったのではないでしょうか?当時の博多経済界を知る上で貴重な建造物です。
八尋利兵衛は実にアイデアマンだったようです。博多の町が不景気だったころ、関西の「誓文払い」に着想を得て、博多流にアレンジした 「せいもん払い」を発起しました。現在でも受け継がれていて、博多の商店街での年に1度のバーゲンセールの名称として有名です。また、東京隅田川の両国花火大会からヒントを得て「大濠花火大会」の走りとなる花火大会を那珂川で開催するなど数々の逸話があります。博多の元祖コンサルタントとして街の賑わいを演出していました。
歴史ある縁結びの神社
弊社本事務所の入居するビルの西側には下照姫(シタテルヒメ)神社という小さな神社があります。建物同士の隙間に建ち、事務所の窓から境内全体を見渡せるほど小さなこの神社は、実は歴史のある由緒正しい縁結びの神社なのです。
社前には神社の由来が掲げられていて、住吉神社例大祭(約1700年前)の神輿の頓宮(ご神体を乗せた御輿を一時的に休ませる場所)として使われたと書かれています。その縁で明治45年に住吉神社の摂社(本社に付属してその祭神と縁故の深い神をまつった神社)となったそうです。
鳥居をくぐると石柱があり、注連縄が渡してあります。向かって左側には「慈雨澍萬象」、右側には「瑞光照乾坤」と書かれています。本殿は小さいながらも立派で、清掃が行き届いており、お供えの菓子類が沢山置かれていました。
ご祭神の下照姫(シタテルヒメ)は、縁結びで有名な出雲大社のご祭神である大国主命(オオクニヌシノミコト)の娘です。名前にある「下照」とは「輝くばかりに美しい」ということを意味しているそうです。父である大国主命は素戔嗚尊(スサノヲノミコト)の子孫で、因幡の白兎を助けたことで良く知られます。数々の伝説から「恋多き神」や「子沢山な神」として良縁祈願の神様として信仰されていますが、一方、下照姫は人々に薬の知識や安産の為の知恵、農業の指導を行ったとされています。
下照姫神社が縁結びの神社になった由来は、この神社は元々吉祥天社と言われ、吉祥天が地域の守護神として祀られていたことに関係します。吉祥天は仏教の女神であり、悪縁切りの神様として知られています。悪縁を切ることで良縁に繋げていくという発想から、縁結びの神社として認識が広がったようです。
神社は元々「吉聖の森」に建てられたそうですが、応仁の乱の戦火によって荒れてしまったため、藩主の黒田藩による町割(都市計画)の際にこの場所に移設されたとのことです。
「吉聖の森」の現在地ははっきりとしていないようですが、神社からすぐの場所に旧町名に関する展示があります。この地域の説明文の中には下照姫神社の記載があり、福岡の全体が描かれた古地図も掲示されています。
小さいながらも由緒ある縁結びの神社。弊社にお越しの際に、お立ち寄りされてみてはどうでしょうか。
「博多どんたく」の起源から知る
平家と博多の街の繋がり
新型コロナウイルス禍を受け昨年まで2年連続で中止となっていた、福岡県を代表する祭りである「博多どんたく」の主要行事のパレードが3年ぶりに開催されます。通年GW真っ只中の5月3日・4日の2日に亘って開催され、全国でも最大級の200万人規模の動員を誇る「博多どんたく」は、正式名称は「福岡市民の祭り 博多どんたく港まつり」と呼び、福岡市民が総出で仮装をして「しゃもじ」を叩いて町を練り歩く、賑やかな行事です。
博多どんたくの起源はどんたく内の催し物でもあり、「博多松ばやし」の名称で国の選択無形民俗文化財に選択されている「博多松囃子(はかたまつばやし)」にルーツがあるとされています。そして、なんと平清盛の息子である平重盛に由来している説があることをご存じでしょうか?
そもそも「松囃子(まつばやし)」とは、小正月(1月15日、または1月14日~16日の3日間)に新年を祝福して行われていた行事です。年神さま(新しい年の穀物の稔りを約束してくださる神さま)を迎える行事で、もともとは室町時代に足利義満が都落ちして播磨国の赤松氏の白旗城に居していた際に義満を慰めるため披露した芸事をきっかけとして、京都から全国各地へと広まったとされています。
平民が領主に対して行う正月の祝賀行事は、さまざまに変化を遂げながら、各地で趣向を凝らした松囃子になったといわれています。
博多松囃子は、若くして病気で亡くなった平重盛を追悼するために始まったとされる説が有力とされています。
平重盛は、日宋貿易によって財政基盤の開拓を行い、宋銭を日本国内で流通させ通貨経済の基礎を築き、日本初の武家政権を打ち立てた平清盛の息子です。日宋貿易によって博多の街を発展させ、日本で最初の人工港となった「袖の湊(みなと)」は、平安時代末期に平清盛が建造したとされています。その「袖の湊」の土木工事を実質的に行ったのは、清盛の嫡男であった平重盛だとされているのです。
貝原益軒(江戸時代の本草学者、儒学者。多くの著述を残し、数多くの分野で先駆者的業績を挙げた人物)の「筑前国続風土記」によると、博多松囃子はこの時に恩恵を受けた博多の人々が重盛の没後に感謝の意を示すために始めたものだそうです。
当時に関する資料は少なく、「袖の湊」が現在の博多区呉服町周辺にあったと推測されていましたが、近年の研究では否定されています。
ですが、平家が博多の街と所縁があるのは事実で、博多山笠で有名な櫛田神社は、元々、清盛が平家の蔵が立ち並んでいた敷地に建てたものであり、祖父にあたる正盛の時代からの平家の九州における拠点であった肥前神崎(現在の佐賀県神埼市付近)の櫛田神社を招き創建されたと言われているそうです。
江戸時代になると、博多松囃子は福岡藩主を表敬訪問する小正月の行事となりました。福岡城下の人々は福禄寿、恵比寿、大黒天の三福神と稚児を本体とし、それに町人たちが趣向を凝らした仮装をしたり出し物をしたりする「通りもん」と呼ばれた行列を作って福岡城へ新年のお祝いに赴き、その後は市中を練り歩き、神社仏閣や町内の有力者などの家を回っていました。
この「通りもん」が「博多どんたく」の原型になっているとされています。「通りもん」の名称は博多銘菓でお馴染みですね。
明治時代の1872年には「金銭を浪費し、かつ文明開化にそぐわない」との理由から禁止されましたが、1879年には「『博多松囃子』が『どんたく』と名前を変えて天長節を祝った」と記述された資料が存在し、数年で復活を遂げたことが分かります。
その後、第二次世界大戦中は中断されたものの、今日まで福岡市民のお祭りとして親しまれてきました。
博多の街の発展は平家の隆盛と関係し、今でも「博多どんたく」を通じてその貢献に感謝の意を表しているのです。
参考:博多市の文化財 https://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/sp/
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都会のオアシスで
リフレッシュしてみませんか?
6月に入り、気温と共に湿度の上昇を感じるようになってきました。5月のゴールデンウイークを過ぎたあたりから、憂鬱な気分や体の不調が現れる症状を総称して「五月病」といいますが、原因はストレスや疲労からくる自律神経の乱れとされています。皆様いかがお過ごしでしょうか?
ストレス発散のためは気分転換が必要ですが、オフィス内では中々難しい、そんな時には思い切って外に出かけてみましょう。外の空気を吸うだけで気分は変化するものです。リラックスできるカフェでお茶を飲んだりすることも良いですが、休憩時間中に少し足を伸ばして緑豊かな庭園で癒されませんか?
キャナルシティ福岡から徒歩3分のビル街のなかに、突如高木に囲まれた空間が現れます。博多駅からも近いこの静かな雰囲気の庭園は「楽水園(らくすいえん)」といい、昔から都会のオアシスとして親しまれています。今から100年以上前の1906年、博多商人・下澤善右衛門親正(しもざわ ぜんえもん ちかまさ)の別邸として誕生した庭園です。戦後は「楽水荘」という旅館でしたが、1995年に福岡市が都市緑化の一環として整備し、現在は一般公開されています。
庭園の周囲の塀は「博多塀」という造りで、豊臣秀吉が行った「太閤町割り」と呼ばれる博多の復興の為の都市整理の際に、神社仏閣や豪商の屋敷の塀に石や古瓦などの廃材を利用し、粘土で固めたものが原型となります。楽水園の博多塀には旧下澤家の古瓦、湯布院産の火山石、黄土が用いられ、風情を感じられるものとなっています。
庭園内は高木と塀に囲まれているためか、都会の喧騒を一切感じることのない静閑とした佇まいでした。受付でいただけるパンフレットには「池泉式回遊式日本庭園」と記載されています。池泉回遊式とは、江戸時代に発達した日本庭園で、庭の中心に池を配してその周辺を散策しながら鑑賞する形式の庭園です。規模は小さく数分で回れる庭園ではありますが、訪問時は人影も少なくゆっくりと細部まで見て回ることが出来ました。
庭園内の茶庭には「水琴窟(すいきんくつ)」が設置されています。水琴窟は日本庭園の装飾の一つで、手水鉢の近くの地中に作りだした空洞の中に水滴を落下させ、その際に発せられる音を反響させる仕掛けです。柄杓で水をかけて、耳を澄ますとほんのかすかに小さな鐘のような可愛らしい響きを確認できました。
庭園の中心の池には自然石で造られた小さな滝があり、鯉が優雅に泳いで回っていました。滝は階段状に落ちるように複数の石を重ね作られており、「重ね落ち」と呼ばれる造りとの事です。滝の音の聞いているとここがとてもビル街の中心地とは思えません。池の周囲には枝垂桜や紅葉が植栽されており、季節ごとに異なる風情を楽しむことができるでしょう。
茶室は事前予約で貸し切り可能のため、日によっては入ることができないそうです。幸い取材当日には先客はおらず、自由に入ることができました。お茶会等で利用されていない時は、どなたでもお抹茶とお茶菓子をいただけます(一服500円)。茶室内から眺める茶庭もまた素晴らしく、手入れの行き届いた苔庭をゆっくりと眺めていることで、心が洗われていくようでした。
お勤め先が周辺の方は、是非昼休み終わりにでも立ち寄られてみてはどうでしょうか?
「楽水園」
住所:〒812-0018 福岡市博多区住吉2-10-7
TEL:092-262-6665
開園時間:9:00~17:00
休園日:毎週火曜日・年末年始
入園料:大人 100円
参考:博多市の文化財 https://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/sp/
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博多祇園山笠をもっと楽しむために
本年も博多祇園山笠のシーズンがやってまいりました!
近年では新型コロナウイルス感染拡大防止のため、規模を縮小しての開催となっておりましたが、今年は昨年延期となっていた舁き山が無事執り行われることとなり、 一層の盛り上がりが期待されます。より多くの皆さんに楽しんで頂くために、 行事や歴史をピックアップして山笠をご紹介致します♪
~ご神入れ 飾り山笠公開~
博多祇園山笠は7月1日から開催されます! 祭りの開催に合わせて流の区域内や町内を清めるのが「辻祈願(つじきがん)」です。道の出入り口にはご幣を付けた笹竹(竹串ご幣)が立てられ、注連縄も張られます。神様を山笠に招き入れ、 神格化する神事を「御神入れ」といいます。 櫛田神社の神職が祝詞を上げ、切麻(きりぬさ)と呼ばれる白い紙片をまいて清め、これにより山小屋がある一帯が神域になります。
~お汐井とり~
福岡市博多区の石堂橋から東区の筥崎宮・箱崎浜までお汐井をとりに行きます。因みにお汐井とは真砂のことです。博多祇園山笠のお汐井とりは、1日の「当番町お汐井とり」と9日の「全流お汐井とり」がメインとなります。
法被姿や締め込み姿の男たちが「オイサ!オイサ!」と掛け声を響かせる様子は、初めて観覧にきた方々にも非常に心躍る印象を与えるのではないでしょうか♪
石堂橋:〒812-0035 福岡市博多区中呉服町 MAP
箱崎浜:〒812-0053 福岡市東区箱崎4丁目2 MAP
開催日程:7月1日・7月9日 両日 時間:一番山が石堂橋を17:30に出発
~昔は存在した流~
かつて博多祇園山笠に一つの流として参加していたのが「福神流」です。
今日から117年前の1905年追い山ならしの時に時計係が雷鳴の音を太鼓と勘違いし、山留めの竿を上げてしまいました。その際、二番山の福神流が1分速く櫛田入りしてしまいます。それをきっかけに三番山以降の各流が時間を無視してしまい、東長寺清道(とうちょうじせいどう)から承天寺清道(じょうてんぜんじせいどう)の道に5本の山が並びました。本来、流ごとに出発時間が定められている追い山では前代未聞のことで、大紛争へと発展してしまいます。
福神流はその責任を取るため、以降参加を取りやめました。
~昔は存在した流~
博多祇園山笠は博多の町を男たちが駆け抜ける「舁き山(かきやま)」や奉納のために15メートルにも及ぶ山笠が町中に設置される「飾り山」のイメージが強いはずです。しかし七流と上川端通りの櫛田入りが終わった後、櫛田神社で能が舞われる行事が行われていることを知っている人は少数ではないでしょうか。
この能を「鎮めの能」と呼び、これをもって博多祇園山笠は無事奉納を執り行ったとされます。鎮めの能は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)に奉納する荒々しい櫛田入りによって、荒ぶった神を能で鎮めることが目的です。江戸時代の頃は、清道前舞台から山笠の櫛田入りをみたのち、能の「翁」の舞を一つ観て引き上げるのが恒例でした。
~弊社の山笠参加について~
博多祇園山笠へ初参加の者も数人おり、大きな期待のもと、心待ちにしておりました!
博多を代表するお祭りとしてより多くの方々が関わっております。弊社としても、地域の発展に結びつくよう尽力致します。何卒よろしくお願い申し上げます。今年も皆さんで協力して山笠を盛り上げていきましょう♪
弊社がオススメする福岡市の観光スポット
この度は弊社のHPをご覧頂き誠にありがとうございます。
今月も福岡市周辺の、弊社がオススメする観光スポットをご紹介させて頂きます。
昭和通りの一角にある壮観な洋館をご存知でしょうか?
中央区天神にある「赤煉瓦文化館」は明治末期の本格的なレンガ造の建造物で
国の重要文化財に指定されています。
当館の取材を担当しました私は、この赤煉瓦文化館を見て一番に東京駅を連想しました。
気になり調べてみたところ、東京駅を建築した辰野金吾(たつのきんご)と片岡安(かたおかやすし)が
建造に関わった為、雰囲気が非常に似ているとの事でした。
この建物はクイーンアン様式と言って、
辰野金吾が留学した19世紀のイギリスで流行していた造りになります。
・赤煉瓦文化館の歴史
1877年 | 福岡銀行の前身である第十七国立銀行の本店として竣工 |
1904年 | 火災により焼失 |
1909年 | 日本生命保険株式会社 九州支店として竣工 |
1969年 | 明治洋風建築を代表する建物として国の重要文化財に指定 |
1972年 | 福岡市立歴史資料館として活用開始 |
1994年 | 現在の赤煉瓦文化館として開館 |
外から見た入口は飾り気の少ない厳かな雰囲気なので、少し入りづらさを感じるかもしれません。
当館の取材を担当致しました私も、入り口の扉を開けるのに少しだけ勇気を要しました。
しかし、実際に中に入り見学して行くと、
「最近の建物に比べて窓が縦に長いのはなんで?」など、
頭の中で様々な「どうして?」が湧きあがり、非常に探求心をくすぐられる魅力があります。
今回弊社のHPをお読み頂いた皆さんも、ぜひ福岡市赤煉瓦文化館に訪れて
自らの知的好奇心と向き合ってみてはいかがでしょうか?
入場料は無料で、館内で様々な関係資料を無料配布しています。
訪れた際は、資料を参考にしながら見学することをオススメします。
住所 | 〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神1‐15‐30 |
アクセス | 「天神駅」から徒歩5分 |
営業時間 | 9:00~22:00 |
定休日 | 毎月最終月曜日、年末年始(12月29日~1月3日) |
・引用元
旧日本生命保険株式会社九州支店(福岡市赤煉瓦文化館) | 文化財情報検索 | 福岡市の文化財 (fukuoka.lg.jp)
福岡市赤煉瓦文化館 | 福岡・博多の観光情報が満載!福岡市公式シティガイド よかなび (yokanavi.com)
2022年 博多祇園山笠に参加しました
弊社からは、ほとんどが初めて参加の者ばかりでしたが、
中洲一丁目の山笠関係者の皆様のご協力により
無事最後まで参加することが出来ました。
弊社一同、今回関わりました皆様に心よりお礼申し上げます。
弊社では、山笠に参加する中で写真を撮らせて頂き、フォトブックを制作しました。
中洲一丁目をメインに撮影したフォトブックですが、
博多祇園山笠に興味のある方へお譲りしております。
気になった方は気軽に弊社までお電話ください。
※電話応対者に山笠フォトブックが欲しい旨をお伝え下さい。
NAKASU JAZZ 2022
~as usual~
開催のお知らせ
中洲JAZZはコロナ禍中、オンラインでのみ開催されていましたが、本年度は通常開催する事が決定いたしました。弊社からほど近い清流公園も会場の一つとなり、中洲が活気づくことを喜ばしく思います。
中洲JAZZが行われることは特別な事ではなく、普通のくらしが戻ってきただけ…そのような「普通」や「普段通り」の生活が営めることへの感謝、そしてその普通の生活に戻す事に尽力いただいたすべての人々へ感謝し、毎年行われる中洲ジャズを楽しんでもらいたい…という想いを込め「as usual」というサブタイトルが付いたそうです。
- タイトル/NAKASU JAZZ 2022 ~as usual~
- 目 的/①中洲地域の安全安心な街づくり ②中洲地域のブランディング
- 開催日/2022年9月17日(土) 18日(日) 2日間(通年17時より開始)
- 開催場所/中洲地域一帯(1日8ステージ×2日間 合計16ステージ予定)
- 出演アーティスト数49組予定
※イベント開催期間中に「非常事態宣言」「蔓延防止措置」などが発令された場合、中止が予想されます。ご注意ください。
https://nakasujazz.net/
西日本最大級の歓楽街中洲から多くの活力と熱気を各地に。エネルギーが音楽とともに溢れていた時代。NAKASU JAZZはもう一度その活気を取り戻そう…その想いに賛同した各団体、企業、個人の協力のもとで始まりました。
NAKASU JAZZの歴史
中洲の音楽イベント「NAKASU JAZZ」の歴史をかいつまんでご紹介いたします。
「2009年」
中洲地域の「安全、安心な街づくり」を推し進める中洲町連合会と「福岡の新しい観光コンテンツの創造」を目指す福岡青年会議所がコラボして中洲ジャズは生まれました。第1回目は「NAKASU JAZZ NIGHT 2009」と題され、1日のみ開催されました。熱いイベントはここから始まりました。
開催日:2009年8月29日 観客動員数:2万5千人位
「2012年」
開催日をこれまでの8月末から変更し、この年以降は通年9月開催となりました。2日間と開催期間が増え、ステージ数も大幅に増えたため、来場者数は大幅に増加しました。
開催日:2012年9月7日、8日 観客動員数:8万人位
「2013年」
この年の観客動員数は10万人に達しました。九州最大級ジャズフェスティバルと認知されることとなりました。初メディアにも多く取り上げられ、パレードはこの年に初めて実施され、大盛況のうちに幕を閉じました。
開催日:2013年9月13日、14日 観客動員数:10万人位
「2017年」
つのだ☆ひろさん、ダイアモンド✡ユカイさん、高岡早紀さんなど様々なアーティストさんが出演し、ジャズの枠を超えた音楽の絆が生まれることとなりました。
開催日:2017年9月8日、9日 観客動員数:10万人位
「2018年」
記念すべき10回目は、毎年お世話になっているスポンサーと多くのファンを招いた前夜祭が執り行われ、特別な開催10周年祝いとなったそうです。
開催日:2018年9月14日、15日 観客動員数:10万人位
「2020年」
この年は新型コロナウイルス感染が始まった年であり、街中でのフェス形式の開催が出来ず、代わりにオンラインでの配信が2日間に渡って実施されました。
開催日:2020年9月20日、21日
https://nakasujazz.net/
出演予定者
今年のNAKASU JAZZに出演予定のアーティストを少しだけご紹介いたします。
K(けい)
韓国・ソウル出身のシンガーソングライター。2005年3月『over.』でデビュー。
同年11月「1リットルの涙」の主題歌『Only Human』が大ヒット。
2009年、外国籍としては史上初となる47都道府県ツアーや2010年には自身初となる日本武道館公演など、
圧倒的なライブパフォーマンスで支持を集める。2019年には笑福亭鶴瓶さん主演映画「閉鎖病棟-それぞれの朝-」
の主題歌『光るソラ蒼く』を含めたアルバム『Curiosity』をリリース。
ライブ以外にもNHK「ハングルッ!ナビ」のMCラジオDJ、ナレーターなど幅広く活動している。
https://profile.yoshimoto.co.jp/talent/detail?id=6257
水谷千重子(みずたに ちえこ)
ミュージシャン・福井出身
特技:豆富開き芸歴50周年
「幼少時に飛び入り出演した『歌まね生一本』でグランドチャンピオンとなり、
番組の審査委員長でもあった二葉曹仁の目に留まり芸能界入りを果たす。
少女時代の水谷千重子はその歌唱力から’北陸のひばり’と呼ばれ数々の大会を荒らす存在に。
デビュー曲『万博ササニシキ』は大ヒットとなり、その後も『スコッチがお好きでしょ』
『ミズチエルンバ』などで数々の音楽賞を受賞。『NHK紅白歌合戦』は毎年のオファーを辞退し不出場。
近年では演歌とJ-POPの架け橋的存在として幅広い活動を繰り広げている。
いかがでしたでしょうか?秋へと差し掛かり、夜間には涼しい風が吹くようになりました。
久しぶりの会場開催となる「NAKASU JAZZ」へ是非足を運ばれてみてはいかがでしょうか?
秋の豊穣に感謝する祭り
博多おくんち
長崎くんち唐津くんちと並ぶ、日本三大くんちとして知られる博多おくんち。その歴史は古く、約1200年前から伝わる伝統行事として、今なお多くの人々から心待ちにされているお祭りです。
くんちは福岡県や佐賀県、長崎県で数多く行なわれており、その中でとりわけ規模の大きなものを日本三大くんちとしています。「おくんち」とはもともとは11月23日に行なわれていた『新嘗祭』が起源で、昭和28年から1ヶ月繰り上げて「博多おくんち」として斎行されました。以降毎年10月22日〜10月24日に斎行され、10月22日には、福岡市博多埠頭にある浜宮で浜宮祭・神輿清めが行なわれ、10月23日に大祭が本殿にて執り行なわれ、24日には牛車に曳かれた神輿を中心に御神幸行列が博多の町を練り歩きます。
「くんち」の名称は、旧暦の重陽の節句にあたる9月9日(くにち、九州北部地方の方言で「くんち」)に行ったことに由来するという説が有力です。 「宮日」「供日」と表記されることもあるがこれは後年の当て字で、諏訪神社への敬意を表して「御」をつけたことから「おくんち」とも呼ばれるようになったと言われています。
秋祭の総称の一つ。重陽(ちょうよう)の節供(9月9日)の9日に、敬称の「お」をつけたものであるが、祭日は9日とは限らず、秋祭を意味する普通名詞となっています。たとえば「唐津(からつ)くんち」「長崎諏訪(すわ)祭」はおくんちとして全国的に有名で、東日本では9月9日、19日、29日の3回の9日を「みくにち」といい、9日は神のくんち、19日は百姓のくんち、29日は町人のくんちなどとよんで、いずれも餅(もち)を搗(つ)いたり甘酒をつくって秋の収穫を祝っています。例年は、大幡大神の「櫛田宮」の神輿天照皇大神の「大神宮」の神輿、そして素盞鳴大神の「祇園宮」の神輿のうちから1基が御神幸行列に並ぶ。25年に1度の御遷座周年の節目には3基が揃って行列に並ぶそうです。(直近では2007年)
くんちの始まり、重陽の節句
「陽が重なる」と書き、「ちょうよう」と読まれる重陽の節句。ほかの節句である人日の節句・上巳の節句・端午の節句・七夕の節句は広く親しまれているにもかかわらず、なぜか重陽の節句はあまり浸透していない。その理由は、
重陽の節句は1年で最も縁起がよく、不吉な日。
中国では奇数のことを陽数といい、縁起がよいとされてきました。なかでも最も大きな陽数「9」が重なる9月9日を「重陽の節句」と制定。無病息災や子孫繁栄を願い、祝いの宴を開いたことが起源とされ、その一方、陽数が重なると災いが起こりやすく不吉だとも考えられており、よくないことが起きないようにと、9月9日には邪気を払う風習が根づいたともいわれています。平安時代初期に、ほかの五節句とともに日本に伝わり、平安貴族を中心に季節の移ろいを知らせる節句として広まっていった。また、旧暦の9月9日は現在の10月中旬ごろに当たり、菊の花が美しく咲き、見頃を迎える時期。菊は邪気を払う力をもつ霊草と信じられていたこともあり、重陽の節句には菊の花を観賞したり、菊の花を漬け込んだ酒を飲んで、無病息災や不老長寿を願ったとされます。
博多おくんちが行われる日にちに合わせておススメするもう一つのイベントが前日に行われる「博多灯明ウォッチング」です。「博多灯明ウォッチング」とは、秋の博多の夜の風景を数万個の灯明で幻想的に照らし出す、とてもロマンチックなイベントです。
この日は、博多っ子の手によって博多のまちの通りや公園、ショッピングモールなどあちこちで灯明のほのかな灯りで美しく彩られます。各スポットでは、灯明を使った直径80メートルもの巨大な地上絵も、様々な灯明アートが広がります。このような景色を一夜のうちに見られるのは、秋の博多しかありません。
北はベイサイドプレイス博多から南はJR博多駅まで、博多部各地区にて灯明イベントが開催されます。灯される灯明が博多の名所、旧跡、寺社、仏閣、各地の路地等灯明の中にあるロウソクの火が風に揺らされると、灯明の灯りが静かにゆらぎます。博多の名所に広がる幾千の灯りが揺らぐ景色は、博多のこの季節しか味わえないとても幻想的な光景です。灯明がともるこの日、秋風に誘われて夜の博多へ。特別な秋の夜をお楽しみ、次の日には日本三大おくんちの一つである博多おくんちをご体感ください。
10月22日(土)の開催を予定。
開催場所 櫛田神社
住所 福岡県福岡市博多区上川端町1−41
主催者・運営 櫛田神社社務所
主催者・運営の電話番号 092-291-2951
2022年の博多おくんち、日程10月22日・23日・24日に執り行われる予定。
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福岡の路面電車
11月に入り寒さが一段と冬に近づいてきたこの頃、ふとした時に弊社の代表より福岡に昔路面電車が走っていた頃の話を伺い、気になり少しだけ調べてみました。
すると「チンチン電車」と呼ばれた路面電車が走っていた証拠が現在も少なからず残っているようで、見つけたのが、ちょうど今から約100年前の停留場跡です。場所は、九州大学箱崎キャンパスに近い「馬出(まいだし)通り」バス停です。なんと今もバスの停留所として使われていました
福岡市に「チンチン電車」が初めて走ったのは今からさかのぼる事、明治43年(1910年)、この年産業博覧会の「第13回九州・沖縄八県連合共進会」が、現在のアクロス、福岡市役所庁舎、旧岩田屋周辺を会場として開催され、これに合わせて、実業家や地元の名士達が中心となって福博電気軌道が設立され、西公園~大学前(九州大学)間および呉服町~博多駅前間が開通しました。
その頃、もう1つのチンチン電車の敷設計画も考えられ、当時の実業家達をはじめ地元の資本により博多電気軌道が設立され、明治44年10月2日に須崎~博多駅前間で営業を開始しました。
ちなみに、その実業家達の中には渡辺与八郎さん、現在の「渡辺通り」の由来になった人物も含まれていました。
開通後それぞれの路線は延伸されていき、昭和9年(1934年)には両社は統合され、市民の足として重宝されたチンチン電車でしたが、時代が進むにつれてバス路線の充実や交通事情の変革などで次第に赤字経営になり、地下鉄の開通もあって廃止されることになりました。昭和48年から路線は順次廃止され、同54年には最後まで残っていた路線が廃止されてチンチン電車の歴史、貫通線は城南線とともに幕を降ろしました。
ちなみに、「チンチン電車」の名は運転席のベルの音から呼ばれるようになったとされています。そのベルの鳴らし方が、運転手と車掌が一人ずつ電車へ乗車して、停留所に停車し乗客の乗り降りが終わると、車掌は車掌室の天井からぶら下がっているひもを2回引っ張ると、天井を通って運転席のベルに伸びており、運転席のベルがチンチンと鳴り出発の合図となり出発していました。
私自身チンチン電車を体験したことは有りませんが、弊社の代表や当時を知る人にお話を聞き自身で調べ想像し住んでいる所の歴史を知ることは為になりました。
ふとした時に皆様もご自身の地元や住んでいる所の歴史をのぞいてみてはいかがでしょう、
思いがけない事が分かるかもしれません。
新年夜市が帰ってくる!
博多の新たな夏の風物詩「千年夜市(せんねんよいち)」をご存じでしょうか? 「旅とローカルの交差点」という博多を訪れた観光客と地元市民の交流をテーマに掲げ、試験開催を経てから、千年続くことを目標としてイベントが本格始動したのは2013年。実行委員会の代表である松岡さんが香港を訪れた際に感銘を受けたというアジアのナイトマーケットの文化をモチーフに、現在はキャナルシティ博多のすぐ傍の、弊社管理事務所からも程近い清流公園にて開催され、年々その規模と期間を拡大していました。コロナ禍により数年もの間中止を余儀なくされていましたが、今年の夏で10周年という節目にようやく復活を遂げました。
千年夜市は夏だけでなく、季節ごとの様々な祭りとのコラボ企画や出張企画を行っています。その1つに、5周年を迎えた2017年に「夜市が終わったら公園が暗い」との多数の要望から始動した、クリスマスから正月までの期間のスピンオフ企画「新年夜市(しんねんよいち)」があります。翌年には通行人を含む来場者が2万人をも超える大盛況のイベントとなりました。そしてコロナ禍を経た今年の冬、千年夜市と同じく復活を遂げます。
弊社も前々回のイベント時から、協力企業として本部ゴミステーションの手伝いさせていただき、会場のクリーン化・ゴミの削減化に努めております。また、なんと今回は我々も屋台に参加し、おしるこを販売する予定です。
開催概要(予定)
【名称】 | 新年夜市 - New Year Night Market 2022 to 2023 – |
【期間】 | 2022.12.26~12.31 合計6日間 |
【料金】 | 入場無料 |
【時間】 | 16:00~23:00 (12.31は翌1:00まで LIVEは前日21:00まで) |
【場所】 | 清流公園(下記参照) キャナルシティ博多すぐ傍 |
新年夜市の会場では様々な催しが予定されています。それぞれご紹介いたします。
年の瀬横丁
九州内の人気飲食店を含む、約40店舗が出店予定です。我々もおしるこを販売いたします。注目は先月リニューアルオープンされた今泉の居酒屋「満月堂」さんです。市内でも屈指の人気おでんを屋台で味わうチャンスです。
ナイトマーケット
雑貨や掘り出し物に出会える他、占いやマッサージも体験できます。
星空のステージ
ステージの境界線がない距離で、さまざまなパフォーマンスが繰り広げられます。ジャンルとして歌・バンド・DJ・ダンス・大道芸が予定されています。
巨大積み木
大人から子供、そして外国人観光客まで、言葉が通じなくても交流を図ることのできるイベントです。
縁日
金魚すくい、スーパーボール、射的、輪投げなど、お馴染みのご家族で楽しめる催しです。
鏡開きde祝い!
最終日にはビジュアルジョッキーによる映像でのカウントダウンイベントがあり、約300名分の振る舞い酒を行う予定との事です。
今回、新年夜市のご紹介にあたって、千年夜市実行委員会代表の松岡さんにお話を伺うことができました。丸2年の自粛を経て、今年の夏に再開された千年夜市は、連日予想を超える大盛況で幕を閉じ、その際に多くの方から新年夜市の再開も望む声をいただいたそうです。来年からは千年夜市という土台を活用して、大学や行政とも連携し、人流を活かして福岡の観光・経済の振興に寄与できるような運営体制を計画されているそうです。会場の清流公園につながる春吉橋の迂回路は広場となり、地下鉄七隈線の延長により「櫛田神社前駅」が新設(弊社本事務所の目の前!)されるなど、来年はさらに中洲への人流が活性化し、千年夜市を訪れる観光客も増えると予想されます。将来的には松岡さんが刺激を受けたアジアのナイトマーケットのように年中常設し、観光に訪れた方と地域の方が交流できる名所として、この新たなカルチャーを発展させていきたいとのことでした。
皆様ぜひお誘いあわせの上、新年夜市にお立ち寄りください。そして、年越しまで夜市を楽しみましょう。
※新年夜市ではステージの出演者や提灯の協賛者を募集されています。詳細については下記よりご確認ください
お問い合わせ https://linktr.ee/sennenyoichi
公式サイト https://nightmarket.jp/
公式facebook https://ja-jp.facebook.com/hakatayoichi.jp/
公式instagram https://www.instagram.com/sennenyoichi_nightmarket/
新年のご挨拶
新年あけましておめでとうございます。
旧年中はひとかたならぬご厚情をいただきありがとうございます。
コロナ渦が落ち着きを見せつつある今日、おかげさまで弊社で管理する物件全てがご成約済みとなりました。
この場をお借りし、厚くお礼申し上げます。
これからも社員一丸となり全力を尽くしますので、引き続きご支援いただきますようお願い申し上げます。
本年も変わらぬお引き立ての程よろしくお願い申し上げます。
皆様のご健勝とご発展をお祈り申し上げます。
令和5年1月4日
有限会社 中溝観光開発 社員一同
博多のランドマーク「キャナルシティ博多」
つい先日、福岡市を代表する複合商業施設「キャナルシティ博多」の別館イーストビルが取り壊されることが明らかになりました。イーストビルは2011年に新館としてオープンし、現在も多くのアパレルブランドがテナントとして入居しております。弊社本事務所は目と鼻の先にあり、いつも傍で賑わいを感じていただけに、わずか12年足らずで解体されることに驚きを隠せません。
恐らく、コロナ渦で店頭販売が大きく振るわなくなったことや、目の前に地下鉄七隈線の延伸に伴う新しい駅「櫛田神社前駅」が今年3月に完成予定であることから、地価の上昇に合わせた再開発が目的だと思われます。福岡地所などが福岡市に届け出た内容によりますと、跡地の利用の内容については現時点で明らかではありません。
今回はイーストビル解体を惜しみ、キャナルシティ博多を掘り下げたいと思います。
キャナルシティ博多の建つ土地は元々カネボウ(現クラシエ)の工場跡地でした。業績悪化により閉鎖された後はプールやゴルフ場、駐車場として運用されていましたが、天神地区が再開発で賑わう一方で、次第に活気を失っていったそうです。福岡地所が土地の一部を買収した当初は大規模マンション建設が計画されていたそうですが、全てを白紙に戻し、博多の再興を掲げてカネボウから他の跡地も取得し、17年の歳月をかけて「都市の劇場」をコンセプトにした巨大商業施設を完成させました。
写真提供:福岡市 撮影者:Fumio Hashimoto
しかし、商業地の天神とビジネス街の博多駅のほぼ間という位置はアクセスも悪く、規模としても複数の商業施設が集積する天神や博多駅には及びません。それでもキャナルシティ博多が福岡市を代表するランドマークとして揺るがないのには、理由があります。
「キャナル」とは英語で運河のことを指し、文字通り施設の中心には模擬運河が設けられています。ショッピングモールなどの完全屋内型ではなく、屋内と屋外をうまく繋いだ開放型の構造で、デザインは曲線を基調としており、後に「六本木ヒルズ」「なんばパークス」などを手がけたアメリカの建築家、ジョン・ジャーディが設計しました。一見ド派手に見える建物の色には日本に古来から伝わる伝統色があてがわれているそうです。「都市の劇場」の名に沿って、半球状の特徴的な野外劇場が設けられおり、常日頃様々なショーやイベントが無料で催されています。
噴水での演出もそうですが、当時も今も無料でここまでの高いクオリティーのエンターテイメントを体感できるような施設はほとんど思い当たりません。大げさに聞こえるかもしれませんが、ラスベガスの噴水ショーのように、それ自体を一つの観光目的としてキャナルシティ博多を訪れる外国人観光客もいるそうです。近年では3Dプロジェクションマッピングなどの最先端の演出も導入するなど、抜け目もありません。その他、劇団四季初の常設専用劇場として「キャナルシティ劇場」を運用したり、映画鑑賞しながら本格的な食事を楽しめる日本初の「プレミアム・ダイニング・シネマ」を導入するなど、エンターテイメント分野においては常に先駆的な役割を果たしてきました。そういった姿勢は飲食やサブカルチャーにも波及し、「ラーメンスタジアム」や近年軒を連ねているキャラクターグッズショップなどに表れています。
こうした常に新しいものを発信しようとする意気込みこそが集客に繋がり、キャナルシティ博多がオープンから25年近く経った今でも寂れることなく活気を保ち続けている大きな理由ではないでしょうか。イーストビル解体後も、福岡市を代表する複合施設として存在し続けるのだろうと思います。
参考:
https://www.sankei.com/article/20180704-CCGRCGN3ZNNFXN4YYFK252RTKU/
https://ja.wikipedia.org/wiki/キャナルシティ博多
更生保護を支える人たち
日頃より上記のバナーにてご紹介させていただいておりますが、弊社の更生保護活動がメディアで取り上げられ、今日まで多くの反響をいただいております。活動に対して様々な形で応援、そしてご支援いただいている皆様には、この場を借りて改めてお礼申し上げます。
多くの方にご注目いただいている今、更生保護について広くご承知おきいただきたく、今回は民間から更生保護を支える方々についてご紹介させていただきます。
日本における現代の更生保護活動の先駆けとなったのは、明治時代に設立された「出獄人保護会社」であるといわれています。川村矯一郎という人物が、とある出所者が親族から拒絶され社会の中で居場所を見出すことが出来ず、自殺してしまったことに心痛めたことから設立に至り、出所者に衣食住を提供するなどの活動をしていたそうです。これが現在の更生保護施設の先駆けとなり、後に2000人近い保護委員を配置するなど、保護司制度の源流ともなりました。その後、1949年に「犯罪者予防更生法」が制定され、初めて日本で更生保護制度が成立しました。近年では相対的な再犯者率上昇から、2016年には再犯防止等の推進に関する法律が成立しました。
刑務所出所者が社会の一員として立ち直ろうとするには,本人の強い意志や行政機関の働き掛けのみならず、地域社会の理解と協力が不可欠とされています。現代において、官民協働で更生保護を支える団体をご紹介いたします。
更生保護施設
出所者に一定期間住居や食事を提供し、就職の援助などを行っている施設です。全国に100施設ほどあり、全て民間の非営利団体により運営されています。福岡県内には7施設あります。下記はその一つである「弥生寮」の取材動画です。
更生保護協会
更生保護に携わる民間人や団体に対して資金等の助成、研修会の実施、顕彰等を行い、その活動を支援しています。
保護司
法務大臣から委嘱された非常勤の国家公務員として、犯罪や非行をした人の更生を地域で支える民間のボランティアです。住居や就業先などの帰住環境の調整や相談を無償で行っています。数年前に保護司が主人公の漫画を原作にした映画・ドラマ作品「前科者」が公開されたことで、その名をご存じの方もいらっしゃるかと思います。
更生保護女子会
安全な地域づくりのために女性ならではの視点を活かすことをモットーに、保護観察中の人や矯正施設・更生保護施設への支援、犯罪・非行防止の啓発活動、そして、子育て支援や高齢者の見守りなど幅広い活動をおこなっている女性ボランティア団体です。
BBS会
Big Brothers and Sisters Movementの略で、今から約100年前にアメリカで始まった、Big Brothers MovementやBig Sisters Movementに由来し、兄弟のような立場で少年少女の立ち直りや自立を支援するとともに、非行防止活動を行う青年ボランティア団体です。
協力雇用主
犯罪・非行の前歴のために仕事に就くことが困難な刑務所等出所者を雇用し、立ち直りを助ける事業主です。前述の通り、近年は相対的に再犯者率が上昇しています。刑務所出所者が再び犯罪に手を染めることを防ぐためには雇用の確保が重要とされており、その受け皿の担い手として不可欠な存在とされています。弊社代表は令和2年1月10日より協力雇用主として登録を受け、今日まで多くの刑務所出所者を雇用してまいりました。
犯罪や非行をした人たちの更生保護への取組は、多くの方にとっては縁遠く感じると思います。多くの団体は認知度が低く、保護司や更生保護女性会員、BBS会員の数は長らく減少傾向が続いているそうです。協力雇用主においても全国に約20,000以上登録されている事業主がいますが、実際に刑務所出所者等を雇用している事業主は、そのうち1割にも満たないそうです。法務省のアンケートによると雇用したことがない理由として、「保護観察所から連絡がない」が半数近く挙げられていますが、保護観察は保護観察官と保護司が協働して行われることから、更生保護において民間ボランティアの協力がいかに欠かせないものであるかご理解いただけると思います。
ご紹介させていただいた民間団体の多くは、企業だけでなく個人からも、参加者や協力者を募集されています。もしも更生保護にご興味を持たれましたら、是非ともお住いの地域の団体へお問い合わせいただければと存じます。また、協力雇用主として社会貢献をお考えでいらっしゃる、もしくは協力雇用主として登録されたものの、お困りでいらっしゃる事業主様は是非とも弊社までご連絡ください。世論調査によると、犯罪をした人の立ち直りに協力したいと思うかという問いに、「思う」「どちらかといえば思う」と答えた人は半分を占めます。この結果をポジティブに捉え、さらに「思う」と答える方が増えれば、更生保護を取り巻く環境もより向上し、より多くの出所者の更生に繋がるはずです。
参考:
法務省「協力雇用主に対するアンケート調査」
https://www.moj.go.jp/content/001290742.pdf
法務省「平成30年度 再犯防止対策に関する世論調査」
https://survey.gov-online.go.jp/h30/h30-saihan/gairyaku.pdf
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』川村矯一郎
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E6%9D%91%E7%9F%AF%E4%B8%80%E9%83%8E
地下鉄七隈線ついに延伸
予てよりご紹介させていただいておりました、地下鉄七隈線に延伸による新設駅「櫛田神社前駅」が、先月3月27日に開業を迎えました。当初の予定では、2013年12月に着工し、2020年に開業する予定でしたが、2014年と2016年に発生した博多駅前の道路陥没事故や、コロナ禍などの影響により、約2年遅れての開業となりました。この駅は博多を代表する繁華街中洲やキャナルシティ博多の最寄り駅となり、買い物もちろんのこと、通勤にとってもアクセスの改善や時間の短縮となり、より一層の地域の活性化に繋がることが期待されます。
現在、駅開業を記念して3月27日から5月7日(日)まで、「地下鉄まちめぐり駅デコバッグでスタンプラリー」というイベントが開催されています。詳細につきましては、下記urlをご参照ください。春の陽気の中、マスク着用義務も緩和されましたので、この機会に普段は出向かない場所へ地下鉄を利用して探索してみてはいかがでしょうか?
全長約200mもの広々とした地下鉄駅構内には、櫛田神社の石畳参道をイメージした床タイルや、大イチョウをイメージした木目柄の天井、和の雰囲気を感じさせる柱や壁がちりばめられています。天神側の改札前には博多祇園山笠を表現した大型の壁面装飾があり、駅舎中間には、ガラス張りの壁面に博多人形、博多織など福岡ゆかりの伝統工芸品約75点が展示されています。また、通路には博多祇園山笠の水法被姿の男たちを描いた旗が飾られ、ガラス壁には櫛田神社などにちなんだ絵も描かれており、以前にもご紹介させていただいた「博多塀」を模した壁など、随所に博多の歴史や文化を感じられるような工夫がなされています。
コロナ渦が収まりつつある今、通りには多くの外国人訪問客が闊歩するようになり、以前の賑わいを思い出す、沢山の人が街を歩いている風景を見ることが出来るようになりました。櫛田神社前駅による新たな人流が、どのように地域の発展や街並みの変化に寄与するか今から楽しみです。
なお、新駅からキャナルシティ博多を抜けてすぐの清流公園では現在、金・土・日に「ファンマーケット」が開催されおり、活動には弊社も協賛しております。キッチンカーの出店やイベントなど様々な催し物が行われておりますので、是非ともお誘いあわせの上、お立ち寄りください。詳細については下記の主催者のInsatagramアカウントをご確認ください。
スタンプラリーイベントの詳細
https://subway.city.fukuoka.lg.jp/topics/detail.php?id=1747
ファンマーケット関連
https://www.instagram.com/locoaloha6050/
日本史と関わりのある博多の新緑名所
八重桜の花も終わり、新緑がまばゆい季節となりました。日差しも強くなり、木陰が恋しくなる今日この頃、ふと立ち寄るのにぴったりの場所があります。以前より、周辺の神社仏閣をご紹介しておりますが、境内は必ずと言っていいほど緑に溢れています。街路樹などのように無残に切り詰められることもなく、そこが都心であることを忘れさせるほど、大きく成長した木々がのびのびと枝葉を茂らせています。特に今回ご紹介する博多区の「筑前國一宮(ちくぜんのくにいちのみや) 住吉神社」は博多駅から徒歩約10分の場所にもかかわらず、表参道の両側が深緑に包まれており、心地よい緑風を感じることが出来ます。まだ蚊も少ないこの時期、是非足を運んでみてはいかがでしょうか。
実は、「住吉」という名前を冠する神社は全国に2000社以上もあり、福岡市内では西区や南区にも住吉神社があります。同名の神社が数多く存在するのは、もともとは一つの神社があり、その御祭神を分けて他の土地に祀る形で、元の名前を借りて各地に神社を建てたためです。住吉神社においては大阪府大阪市住吉区の「住吉大社」がその総本社とされていますが、諸説あるものの、博多区の住吉神社が最も古い由緒を持つという説が有力です。古事記の中で、住吉神社で祀られている三神の底筒之男神(そこつつのおのかみ)・中筒之男神(なかつつのおのかみ)・上筒之男神(うわつつのおのかみ)と、同時に生まれた綿津見三神を祀っている総本社である志賀海神社が、福岡市東区志賀島に鎮座していることを根拠としており、古書でも「住吉本社」「日本第一住吉宮」などと記されているとのことです。
住吉三神は、海や航海の神であるとともに、和歌や人々の罪や穢れを取り除く禊祓の神でもあります。そのため、そのご利益は産業、文化、貿易など多岐にわたりますが、一般的には海上航海と家内安全とされているようです。国指定重要文化財に指定されている本殿を中心に、境内には様々な摂社・末社があり、案内板では「境内開運巡り」と称して各ご利益を説明しています。境内はとても広く、丁度散歩コースとしてぴったりだと思います。
ところで、以前櫛田神社と平家との繋がりをこちらで記事にさせていただいたのですが、実は博多区の住吉神社は平家と確執がありました。
太政大臣である平清盛が権勢の絶頂に達した頃、鎌倉時代に成立した日本初の歴史書の「吾妻鏡(あずまかがみ)」に、治承三年(1179年)住吉神社の神官3名が伊豆に流罪になったという記述があります。当時、住吉神社や筥崎宮などの寺院神社や荘園領主らも私貿易を行っており、平家による対外交易独占の思惑があったのではないかと考えられています。
この出来事には続きがあり、なんと後に住吉神社の神官たちは平家政権を倒すことになる、同じく流罪の身として伊豆にいた源頼朝の側近となり、軍中での神事や占術を行っていたそうです。そして平家が滅びた後には、住吉神社の神官家は源頼朝が開いた鎌倉幕府の神官身分のご家人として取り立てられたようです。歴史的な出来事である武家政治の樹立に深く関わっていたのです。
参考:
https://www.nihondaiichisumiyoshigu.jp/
古代史日和 様 ””奴国の祭祀を残した住吉神社” https://kodaishi.net/jinja/sumiyoshi
歴散加藤塾 様 ”吾妻鏡入門” http://adumakagami.web.fc2.com/aduma01-07.htm
宇賀神社にて「お馬さん」を拝む
九州北部も梅雨入りし、蒸し暑く過ごしづらい日々が始まりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?いよいよ博多祇園山笠の開催が迫っておりますが、新型コロナの分類が5類に引き下げられたことを受け、ついに今年は行事の縮小や沿道の観客制限もなく、コロナ禍前と同じ規模での開催となります。神様を招き入れる神事「御神入れ」が行われた後、7月1日から飾り山がお披露目されますが、その装飾である飾り人形の最古級の現存遺物がどこにあるかご存じでしょうか?今回はユネスコ無形文化遺産でもある博多祇園山笠飾りと同制作手法によって作られた最古級人形 「お馬さん」をご紹介いたします。
九西鉄天神大牟田線「西鉄平尾」駅より徒歩6分程度の場所に位置し、大通り沿いに突如現れる「黒田稲荷参道」と刻まれた石柱と真っ赤な鳥居を目印にして、マンションや住宅が立ち並ぶ中、何本もの鳥居をくぐった先にあるのが「宇賀(うが)神社」です。参道は全長150m以上にもなります。かつては周辺地域の名称から「一本木神社」と呼ばれていたこの神社は、江戸中期に「享保の大飢饉」が起こったことから、当時藩主であった黒田継高が五穀豊穣を願うため、新たに神殿拝殿の造営を行いました。それ以降「黒田稲荷」として親しまれていたそうです。その後、明治改元と共に(恐らく神社合祀によって)「宇賀神社」と名付けられて今に至ります。
拝殿には「戸を明けてご参拝下さい」と案内板があります。扉開けると真っ先に目に飛び込むのが天井から吊るされた巨大な馬の人形です。素材や製法から博多祇園山笠の飾り山の人形が奉納されたのではないかと推測されており、人形の下張りに使われている新聞が昭和4年に発行された福岡日日新聞だったことから、現存する飾り山としては最古級の文化財ではないかと言われています。全長2m以上にもなるこの人形の表面には、仕上げとして布が貼られており、それが馬の皮膚のリアルな質感を醸し出しています。実は神社に飾られた経緯は不明だそうで、昭和47年頃には既に拝殿に掲げられていたとの証言もあり、昔から地域の方には「お馬さん」という呼び名で親しまれてきたそうです。
近年では2005年の最大震度6弱を記録した西方沖地震の際に、鳥居が壊れるなどの被害が出るなか、「お馬さん」は風化が進んでいたにも関わらず梁から落下せず無傷であったことから、「上手(馬)く受か(宇賀)る」として受験生や就活生に評判を呼び、それ以降多くの方が参拝に訪れるようになったという逸話があります。拝殿横にはその新聞記事も掲示されています。
しかしながら震災には耐えたものの、骨組が虫に食われて老朽化と腐食化が進んでいたため、地元の方が中心になって「よか馬会」というプロジェクトを結成して寄付を募り、2016年に山笠の飾りの制作を行う博多人形師の手によって修復が行われました。このプロジェクトの一部の様子は下記の公式facebookから確認できます。その後もクラウドファンディングによって保存活動のために多くの賛助金が集まるなど、「お馬さん」への多くの人の愛着が窺い知れます。取材時も何人もの方が神社を訪れていました。晴れて通常開催となる博多祇園山笠がうま(馬)くいきますようにと、手を合わせて参りました。
参考:
「よか馬会」宇賀神社 馬人形調査・修復・保存プロジェクト 様 https://www.facebook.com/yokaumakai/
九州旅行ナビ 様 https://www.9navi.jp/uga-shrine.html
秀吉公がもたらした山笠の基「流(ながれ)」
7月に入り、福博の街はすっかり博多祇園山笠一色となりました。以前よりお伝えしていますように今年は4年ぶりに制限なしの通常開催ということもあり、街は一層熱気で満ち溢れているように感じます。山笠と言えば男衆の締め込みが印象的ですが、その装束の法被は流(ながれ)やその町(自治会等)ごとに意匠が異なっており、一目で所属が分かるようになっています。流とは山笠を運営するにあたっての基本となる区域のことであり、現在では土居流、大黒流、東流、中洲流、西流、千代流、恵比須流の7つの流があります。それぞれの区域は以下の図をご参照ください。
この基となっている流ができたのは、豊臣秀吉による「太閣町割り」が起源とされています。時は戦国時代末期、博多は海外貿易港の拠点であったことから多くの武将たちによって争奪が起こり、その度に街は焼失と復興をくり返していました。最終的には島津勢が占領しますが、秀吉勢の来襲によって、1586年に街を焼き払って撤退しました。翌年、秀吉は凱旋の途中で筥崎宮に滞在し、焦土となっていた博多の復興を大河ドラマでおなじみとなった黒田官兵衛に命じたそうです。そして復興の手始めとして行われた区画整理が「太閤割り」です。
当時の博多の街は通路の跡さえわからないほど荒廃しており、そこで古い辻井戸(共同井戸)を探して、これを基準に屋敷の区画を確かめていったそうです。測量には六尺強(約2m)の間竿(けんざお:長さを測る竹製の棒)が使われたそうです。まずは太宰府の方角を上手として基準線が定められ、これが今の大博通りにある博多小学校横当たりの場所であり、その場所には現在は撤去されているものの「旧下市小路」という石碑が建てられていました。今は辛うじてその土台を確認できます。なお、旧町名が記されたこの石碑は昭和50年代に寄贈されたものであり、現在博多の街に50基近くが点在しています。
続いて、御笠川と博多川間で市街は十町(約1km)四方と定め、大通りを東西間で3本、南北間で4本走らせ、囲まれたその一区画を博多祇園山笠の運営単位の発祥となる「流」と呼んだそうです。「流」という呼称の起源については諸説あり、①黒田家の出身地に近い地域で「ため池」を「流」と呼ぶ事から由来したという「ため池」説や、②小川や旗の数を数える単位として「流」があり、町の集合体が小川や旗と似ているという事に由来するという「小川・旗」説などがあるとのことです。奈良屋町にある大同庵跡には、1813年の頃の博多近隣古図の石碑があります。この石碑を見ると、太閤町割りによる町名がよく分かります。因みに中洲と千代は戦後に編成されています。近代になると大幅区画整理事業によって区画方式が変更されるなど、様々な理由で流の統廃合が進み、現在の7流となりました。
秀吉はさらに地租や賦役を免除し、「楽市楽座」を定めて商工の振興を図りました。街に侍が住むことを禁じるなどどの地域よりも博多の商業を重視し手厚く保護したそうです。秀吉は既にこの時には朝鮮出兵を目論んでおり、博多を出兵の兵站基地とするためにも物流を活発にする狙いがあったとされています。こうして博多は秀吉の庇護の下に力強い復興を成し遂げていきました。特に豪商の神屋宗湛(そうたん)は秀吉から厚遇され、秀吉の死後には邸内に霊を祭りました。これを基に1886年には博多復興300年を記念して、現在の奈良屋町の屋敷跡に豊国神社が整備されました。前述の太閤町割りの際に使われた間竿がご神体だったそうですが、残念ながら戦災で焼失してしまったそうです。
櫛田神社敷地内にある博多歴史館では、秀吉が博多町人にあてて出した朱印状(市指定文化財)を始めとして、古銭や刀剣など歴史的にも貴重な社宝が一般公開されています。山笠図屏風、追山の大絵馬、飾り山笠の復元模型など、山笠に関する資料も目白押しです。ちょうどこの時期に合わせて博多祇園山笠展が開催され、館内では常時ビデオ上映がされております。お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りよりいただければと思います。
場所: | 櫛田神社敷地内 |
営業期間: | 通年 |
営業時間: | 10:00~16:30(閉館17:00) |
休業日: | 月曜、祝日の場合は翌日休 |
料金: | 大人300円 |
参考:
山笠ナビ 様 https://www.hakata-yamakasa.net/
博多の魅力 様 https://hakatanomiryoku.com/
博多の歴史情緒が凝縮された資料館
四年ぶりの通常開催となった博多祇園山笠も先月半ばに無事にフィナーレを迎えました。弊社からも筆者を含む数名が中洲流の一員として参加させていただき、伝統を継承する貴重な機会に直接触れることができました。山のぼせの熱気に満ちていた博多の街も徐々に落ち着きを取り戻しつつありますが、祭りの舞台となった櫛田神社から直ぐの場所にある「博多町屋ふるさと館」では「博多祇園山笠展」が好評につき9月まで延長されることになったとのことです。街に残る祭りの余韻に浸りながら、博多の歴史情緒に触れてみてはいかがでしょうか?
櫛田神社の東側に続く櫛田表参道沿いにある「博多町屋ふるさと館」は明治中期に建てられた博多織元の住居兼工房を移築復元した町家棟、展示棟、みやげ処の三棟からなります。1995年に開館し、館長は「博多通りもん」のCMでおなじみの漫画家・長谷川法世氏であり、館内のいたるところに「博多っ子純情」のイラストが散りばめられていました。
展示棟一階では「見る展示」をテーマに博多の歴史や文化を伝える展示が並んでいます。古い写真と共に年表で博多の歴史が紹介されており、先月こちらでご紹介させていただいた太閣町割りを起源とする「流」についても実に詳しく解説したパネルが展示されています。(こちらに取材に伺うべきでした…)博多の今昔がこの場所に凝縮されています。祭りに関する展示も豊富で、博多祇園山笠のVR映像が体験できるコーナーがあり、ゴーグルを装着すれば見物客及び台上がりの視点から臨場感あふれる祭りを疑似体験することができます。奥ではシアタースペースが設けられ、博多祇園山笠を紹介する15分程度の映像が毎時00/30分に上映されています。
ユニークな体感型の展示も多数あります。祭りの余興として人気のあった「のぞきからくり」を模した展示では、解説者の語りと共に仕掛けが動き、のぞき窓から当時の風俗を窺い知ることができます。壁に設置されたレトロな電話機からは博多弁講座が受講でき、癖の強い博多弁の聞き取りにチャレンジすることができます。
二階では「触れる展示」をテーマに企画展と博多の伝統工芸を伝える展示がなされ、こちらで現在「博多祇園山笠展」が開催されています。小規模ながらも貴重な当時の写真などの資料と共に時代ごとの山笠の変遷が解説されており、観光客だけではなく地元の方でも新鮮味のある展示内容になっているのではないでしょうか?
奥に進むと、かつての家屋が再現されたエリアに続いて伝承工房が設けられており、曜日ごとに職人による博多人形や博多張子、博多独楽、博多曲物の実演が行われ、座敷に上がってそれらの絵付け体験もできるとのこと(有料)。特にこのエリアの展示は細かく作り込まれていて、当時の張り紙などを模した装飾など、細部まで凝っていました。最奥には開館十周年を記念し制作された、祝部至善(ほうりしぜん)が描いた博多の風俗画明治博多往来図会を題材にした博多人形が展示されています。当時の博多の町並みと活気が沢山の博多人形で大掛かりに表現されています。
展示棟は入館料が必要となりますが、内容はその値段以上のクオリティだと感じました。また館内は決して広くないものの、エレベーターが設置されていたり、所々にベンチが置かれたりしていて、来館者への気遣いを感じることが出来ました。隣の町家棟では博多織に関する展示が並んでおり、毎日博多織の職人による手織の実演を無料で見学することができます。高い吹き抜け天井となった建物は入り口から奥庭まで貫く土間がある典型的な町家造りとなっており、市の指定文化財としても登録され、履物を脱いでお座敷に上がることもできます。みやげ処では博多の伝統工芸品や地元の銘菓、山笠グッズが販売されており、博多の土産にふさわしい品々が揃っていました。「博多町屋ふるさと館」はこぢんまりとした外観からは想像できないほどの濃くてユニークな展示が取り揃えられており、博多の歴史や文化を知る上でも非常にお勧めできる観光スポットでした。
住所: | 福岡市博多区冷泉町6-10 |
入館料: | (展示棟のみ)大人:200円 子供:無料 |
休業日: | 第月曜、祝日の場合は翌日休 |
開館時間: | 10:00~18:00 |
博多町屋ふるさと館 様 http://www.hakatamachiya.com/
博多にある日本最大の木造大仏
大仏といえば、奈良や鎌倉を思い浮かべる方が多いと思います。大きさで有名なのは茨城の牛久大仏や県内の南蔵院釈迦涅槃像で、それぞれ青銅製の立像・涅槃像としては世界最大です。しかし、博多駅から直ぐの場所に日本最大の木造大仏があることは意外と知られていないのではないでしょうか?
地下鉄祇園駅の1番出口からすぐの場所にある「東長寺」は806年に遣唐使の留学僧であった空海によって創建されました。空海(弘法大師)といえば真言宗の開祖であり、寺号の由来はこの密教が東に長く伝わるようにという祈願からとのこと。初めは現在の古門戸町付近に建っていたとのことですが、戦火で荒廃したのち、黒田藩によって現在の場所に再興されたとのことです。
雑草一つ見当たらない手入れの行き届いた境内には様々な建造物があります。本堂内陣中央にあるご本尊は国の重要文化財に指定されてある木造の千手観音菩薩像ですが、普段は厨子の扉は閉ざされていて拝観出来ません。年に数回のみ拝観する機会があるそうです。
市の文化財でもある六角堂は回転式の仏龕(ぶつがん:尊崇対象を安置するための厨子)を備えており、その昔、文字が読めずお経を唱えられない庶民がこれを回すことで功徳を積めるようにとの配慮から設置されたものだそうです。毎月28日の修法と博多ライトアップウォークの際のみ開帳されるそうです。
珍しいと思ったのは五重塔の横にある大師堂の巨大な数珠です。お堂前に巨大な数珠が吊り下げられており、引くとバチバチと大きな音を立てながら回転します。後から調べたところ「願供養念珠」というもので、回すことで願い事が叶うとのことでした。
福岡大仏のある大仏殿は2階です。残念ながら内部は撮影禁止となっておりましたので、福岡市のフリー素材より写真をお借りします。入り口で拝観料50円を支払い内部に進むと、遥か上の明り取り窓からの光のみで照らされた大仏の正面顔が罰当たりながらおどろおどろしく感じてしまうほど、薄暗く独特の雰囲気が漂っていました。1992年に建てられたこの大仏は全長10.8m、重さ30tの日本最大の木造(総檜)釈迦座像で、全長は煩悩の数を表現したそうです。
大仏の台座内には戒壇巡りが設置されてあり、内部は通路になっています。左側にある入口から進むと、地獄の種類について音声解説が流れており、9つの地獄絵巻のレリーフが飾られていました。その先には真っ暗な通路があります。入り口には張り紙があり、途中にある「仏の輪」に触れれば極楽に行けるとのこと。全く光の差し込まない暗黒に慄きながら、手すりを頼りに進むと無事に「仏の輪」らしきものに触れることが出来ました。時間や距離にすれば僅かではありますが、非日常の体験ができました。出口から脱出後、改めて見た大仏の顔は角度のせいもあるのか随分と穏やかに見えました。大仏殿には他にも古い仏像が並んでおり、奥には大仏完成までの写真パネルが飾られていました。
今年も博多旧市街ライトアップウォーク「千年煌夜」が11月に開催予定です。東長寺では通年、六角堂が開帳され、大仏は特別夜間公開されるとのこと。詳細はまだ未定のようですが、下記のurlよりご確認ください
参考:
Wikipedia 東長寺 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E9%95%B7%E5%AF%BA
福岡市 博多旧市街ライトアップウォーク 千年煌夜 まるわかりガイド https://www.city.fukuoka.lg.jp/hakataku/t-shinko/luw/index.html
地下に眠る中世博多
JR博多駅と地下鉄祇園駅は560mもの地下通路によってつながっていることをご存じでしょうか?大博通りの三井ビルやホテル日航などとも連結しており、福岡サンパレスまで伸びているこの地下通路は普段から多くの方が利用しています。正式名称は「祇園駅方面連絡通路」で、地下鉄博多駅を作る際に建設工事が遅れたことから仮設駅が作られ、その跡地の有効活用のために整備されて現在に至るそうです。博多駅地下街からの入口こそ狭いですが、中へ入るとかなりの道幅があります。通路の半分は博多口地下駐輪場となっており、600台以上もの二輪車を収容できる広さです。
そして、ここには小規模ながらも地下鉄工事の調査に伴い発見された博多遺跡群より発掘された貴重な出土品がパネルと共に展示されています。博多駅側入り口すぐの場所に設けられたこの展示スペースは以前「博多区まちかど文化広場」という名称だったようですが、現在は「f gallery(えふギャラリー)」となっております。一部の展示は定期的に入れ替えられているようですが、概ね出土品を通して中世博多の歴史を知ることが出来る貴重な内容となっています。
博多遺跡群はJR博多駅の南北1.6km・東西0.8km向かって広がっており、現在までに出土遺物の点数は35万点以上にもなるそうです。出土品の多くは中国産や朝鮮産の陶磁器で、博多が中世の貿易都市であったことが広く知られるきかっけとなったそうです。古墳時代の出土品には国内各地の土器と合わせて朝鮮の土器が含まれており、この地がこの時既に大陸と国内各地とを結ぶ拠点として機能していたことが窺い知れます。室町時代から鎌倉時代にかけての出土品には中国製と比べると少数ではあるものの、ベトナム・タイ・ミャンマーなどの東南アジア各地の陶磁器も含まれていました。文献と合わせて交易がさらに拡大していたと推測されています。
戦国時代に突入すると、その利権争いから博多の地は荒廃してしまうのですが、豊臣秀吉による「太閤町割り」を始めとする復興により、現在の街並みの原型が形作られました。その後、江戸幕府によって鎖国令が出されるまで、博多は国際貿易港として繁栄したのです。
またここでは箱崎遺跡に関する展示もあります。博多遺跡群との共通点も多く、輸入陶磁器の出土も隋一で、多くの宋人が居住していたことが推測されていることから、現在の箱崎宮周辺が貿易により大いに栄えていたと窺い知れる内容となっています。
博多遺跡群出土資料の一部は国の重要文化財に指定されています。管理上の都合なのか残念ながらここでは展示はされていませんが、ここで展示されている出土品も厳選されたものであり、その貴重さには変わりありません。願わくばもっと大規模な展示施設にて多くの人の目に留まるようになればと望みます。
博多駅の展望スポットで一息つきませんか?
秋晴れが心地よい今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?行楽シーズンに突入し、インバウンド観光もコロナ前の状況に戻りつつある今、九州の玄関口ともいえるJR博多駅は連日大変な賑わいを見せています。JR博多駅に直結しているJR博多シティは2011年3月に九州新幹線全線開業に合わせてオープンした日本最大規模の駅ビルであり、200以上もの幅広いジャンルの専門店が集まるアミュプラザを始め、飲食店から大型シネコンまで入る複合商業施設です。2016年にはKITTE博多や博多マルイがオープンし、博多駅はターミナル駅としてだけでなくワンストップでの利便性に優れた複合施設として、今では福岡を代表する観光地となりました。普段から交通機関の利用ついでに買い物に立ち寄られる方も多いと思いますが、用事を済ませた後で一息つくついでに楽しめるスポットがJR博多シティにはいくつかあります。今回は雰囲気の異なる2つの場所をご紹介いたします。
先ずは、屋上にある「つばめの杜(もり)ひろば」です。少々アクセスが悪く、10階のレストランスペースから専用エスカレーターで向かうか、博多阪急側エレベーター乗り場から直通で向かうことになります。いくつかのエリアに分かれており、中心となる「天空の広場」は豊かな植栽に囲まれた子供連れ向けの広場となっています。駄菓子販売や広場を一周するミニSL「つばめ電車」が運行していますが、「つばめ電車」は訪問時には残念ながらメンテナンス中でカバーが掛けられており、その可愛い姿を写真に収める事ができませんでした。通常はほぼ10分おきに運行しているようです。6歳以下利用限定広場や無料貸し出しの遊具に加え、屋根下で広場を見渡せるテーブル席も多く設けられており、子連れでのレストラン等の利用を躊躇されてしまう方でも、ここへ来れば気兼ねなく一息つくことができるのではないでしょうか?
「鉄道神社」は約50mもの参道を含むエリアであり、神社は旅の安全を祈願して建てられたもので、博多区の住吉神社から分霊したものとのこと。参道の脇には植栽に加え畑やビオトープもあり、屋上とは思えない風景が広がっていました。本殿の前の円い広場の中心には九州の形をした台座上で7人の童子が電車ごっこしている「縁結び七福童子」のオブジェが鎮座しています。奈良の公式マスコットとして一世を風靡した「せんとくん」の作者である薮内佐斗司氏の作品とのことで、言われてみれば表情は「せんとくん」にそっくりです。傍には小さなお堂が設けられており、こちらも薮内佐斗司氏作の木彫りの「和顔施合掌地蔵」が祭られています。なんでも東日本大震災の際に津波で流された陸前高田市の松を材料にしているらしく、こちらに納められた経緯などは記載されていなかったのですが、日頃多くの方が博多駅を利用していることからその無事故を祈願して設置されたのではないでしょうか?実は博多駅には他にも薮内佐斗司氏の作品があり、博多口側の柱上にひっそりと設置されています。気になる方は是非とも探してみてください。
「展望テラス」へはつばめ電車の乗り場を抜けて回りこんだ先の階段から向かうことが出来ます。植栽に囲まれちょっとした隠れ家的な雰囲気を醸し出しています。空港が近い関係から博多には高層ビル群がなく、この展望デッキは周辺で最も高い60mに位置しており、そのため眺望を遮る建物が周囲になく、ここから博多の街周辺を一望することができます。かなりの頻度で福岡空港に飛行機が着陸する様子も見ることができ、飛行機が高度を落として滑走路に着陸するその瞬間まで眺めることができます。気候も穏やかで、かつ春霞のない今の時期は一番お勧めの場所です。
次にご紹介するのは、「展望ラウンジ トレインビュースポット」です。実は「つばめの杜ひろば」の「天空の広場」の奥にも列車展望スペースはあるのですが、個人的に断然こちらをお勧めいたします。9階にある映画館「T・ジョイ博多」に入って左方向にまっすぐ向かうと案内板が出ています。もちろんチケットを購入する必要もなく無料で入場可能です。奥に進むと車窓を連想させるような角丸のフレームの装飾が施された長細いスペースが広がっています。奥行きは50m弱ほどでしょうか?片側には沢山の椅子が並べられており、前述の装飾の中央には絵が飾られています。そのほとんどが博多駅とは関連のない物でしたが、厳かで優雅な雰囲気を醸し出すのに一役買っていました。
線路側には一面大きな窓が広がっており、そこから駅舎に出入りする新幹線と在来線を望むことが出来ます。時間帯にもよるのかもしれませんが、この場所が少し分かりずらいこともあって人は少なく、静かに一人で過ごされたい方にとっては最適だと思います。日が暮れてから訪問したので夜の博多の街を両脇にした線路を望むことが出来ました。同時刻に「つばめの杜ひろば」の「展望テラス」にも向かったのですが、カップルや学生でごった返しており、警備員まで出動している始末でした。場はやや騒然としていましたが、パノラマビューで望む博多の夜景はここでしか楽しめないものだと思います。夜景スポットとして各所で紹介されているだけのことはあります。なお、つばめの杜ひろばの営業時間は10:00~22:00(冬期 10:00~21:00)となっています。夜景を楽しみたい方はご注意ください。
福岡にあるアジアの交流拠点
国際空港として福岡と北九州の2つの空港を持ち、アジアからアクセスしやすい立地である福岡県は、全国的に見てもインバウンド需要がトップクラスです。コロナ水際対策の本格的緩和に続き歴史的な円安水準となり、福岡の街を歩くとインバウンドが順調に回復しているのを肌で感じます。今までの東アジア圏に加え東南アジア圏からの訪日外国人観光客の増加も目立ちます。そんな街中に、世界的にも有数のアジア近現代美術作品が集積された美術館があるのをご存じでしょうか?今回は展示、収集だけでなく芸術を通じたアジアの交流の場となっている「福岡アジア美術館」をご紹介いたします。
川端商店街からちょうど道路を渡って筋向い、博多座から道路を挟んで隣にあるリバレイン博多の7階・8階が福岡アジア美術館となります。1階のエントランスには北京在住のデジタルアーティストであるブー・ホァさんの作品を原画とする巨大な壁画があり、題名は「最良のものはすでにある」となっています。解説パネルによると、大切なものは自分の心の中に十分にあるという意味が込められているそうで、壁画の中には福岡にちなんだ絵が散りばめられていました。
7階にはアジアギャラリーと可動壁にて区分可能の企画ギャラリーの2つの展示場に加え、カフェとショップがあります。観覧についてアジアギャラリーは有料、企画ギャラリーは主催者によるとのことです。訪れた当時の企画ギャラリーではポートレイト写真展(現在終了)が開催されており、西日本最大級の規模との触れ込みで、会場ではモデル撮影体験会も開かれていました。昨年にはコアなファンを持つ大人気漫画「ゴールデンカムイ展」が開催されるなど、日頃から幅広いジャンルで企画が行われています。向かい側はアジアギャラリーとなっており、こちらでは現在「福岡アジア美術館ベストコレクション」(来年4月9日まで)が開催されており、開館25周年を迎えるのを記念して、所蔵するコレクション約5000点の中からアジア近代美術を代表する10名のアーティストとその作品24点が展示されています。
写真撮影可能な会場の入口正面からは、企画展のポスターにも採用されている「シリーズ2 No.3」という不敵な笑みを浮かべる同じスキンヘッドの男が複数描かれた大きな絵画が覗いています。解説によるとファン・リジュンという中国の方の作品で、この表現自体に政治的な社会の閉塞感に対する作者のささやかな抵抗が込められているとのことでした。その他の展示品も大きなものばかりで、中には超大型のスクリーンで繰り返し再生されている映像作品もありました。特に印象に残ったのは「卵#3」という中国のリン・ティアンマオという方の作品で、出産直後の作家を撮影した写真に繋がる大小無数の糸玉を卵子に見立て、家父長制社会における女性の役割を問うた、展示空間を含めて作品とみなすインスタレーションという手法による表現がなされています。他の作品と比べても圧倒的な迫力で、この作品の前だけにはベンチが設けられていました。作品を眺めていたところ学芸員の方からお声を掛けて頂き、色々とお話を伺うことが出来ました。
会場の奥では同時にコレクション展「アートと環境─人新世を生きる」とレジデンス成果展示が開催さていました。福岡アジア美術館では毎年アジアの美術作家や研究者を招いて一定期間滞在してもらい、市民とのワークショップなどを通して交流を行っています。このような美術交流事業を元々のコンセプトとしており、アジア近現代美術を通して人々が互いに理解を深め、創造し発信できるアジアの交流拠点として、今日では世界でも隋一のアジア近代美術館となっているのです。今回はコビール・アフメッド・マスム・チスティーというバングラディシュ出身の作家さんが、きのう見た夢をテーマに有田小学校の児童に絵を描いてもらい、それを繋げてアニメーションに加工した作品が展示されていました。
会場出口はアートカフェとミュージアムショップに繋がっています。アジアの芸術や旅行などに関する1万冊もの書籍を自由に閲覧することができる広い開放的なスペースは無料で利用でき、キッズコーナーも設けられています。併設されたカフェではスイーツやランチも提供されています。昼過ぎに訪れたということもあるかもしれませんが利用者は少なく、落ち着いた雰囲気が漂っていました。やや照明の落とされた8階には交流ギャラリーに加えて会議室・図書閲覧室・視聴覚室などが備えられ、作家と市民の交流を図る場所として運用されている様子でした。当日、交流ギャラリーでは九州産業大学芸術学部による作品展示が開催されておりました。
施設内は都心の商業ビルのフロアとは思えないほどスペースが贅沢に使われており、非常に開放感がありました。アジアギャラリーの入場料も一般200円と格安であり、芸術自体に興味のない方でも気軽に楽しめるのではないでしょうか?芸術鑑賞が目的でなくともアートカフェは近くに立ち寄った際に一息つける場所として魅力的です。アジアの交流拠点は穴場の寛ぎ空間でした。
開館時間等は以下の公式HPよりご確認ください。
新年のご挨拶
謹んで新春のお慶びを申し上げます。
皆様におかれましては新春を清々しい気持ちでお迎えのこととお慶び申し上げます。
旧年中は格別のご厚情を賜り、誠にありがとうございました。
本年もより一層お喜びいただけるよう、社員一同精進して参ります。
皆様のご健勝と貴社の益々のご発展を心よりお祈り申し上げるとともに、本年も変わらずご愛顧を賜わりますようよろしくお願い申し上げます。
令和6年1月5日
有限会社 中溝観光開発 社員一同
Welcome to Kyushu, Welcome to Fukuoka
先月、米紙ウォールストリートジャーナルが公表した「2024年の行くべき場所ベスト10」に九州が選出されました。アジア圏では他に国としてマレーシアのみが選出されています。また去年、大手旅行WebサイトのBooking.comにて「知名度が低いものの注目度が上がっている最新の海外旅行先10選」として発表されたリストにおいては、3位から10位までを日本が占めており、うち6つの地域が九州という快挙を成し遂げました。福岡の九州における玄関口としての役割はこれからますます大きくなっていきます。
インバウンド情報を取り扱う国内サイトによると、Googleマップから公開されている外国語の口コミにおいて九州で最もその数が多かったのは、沖縄の美ら海水族館を2位に抑え、なんとキャナルシティ博多だったそうです。大型客船などのツアーで訪日した場合に、朝に港に到着して夜に出航するまでの限られた滞在時間の中でいかに効率よく観光地を回るか、とされていることに起因しているようで、観光としてまず太宰府天満宮に向かい、その次に買い物のためにキャナルシティに向かうという定番コースがあるそうです。前述のランキングに太宰府天満宮も4位にランクインしています。
評価の高さの理由としては、さまざまなカテゴリーの旗艦店が集結しているうえ、ラーメンスタジアムなどのエンタメ性の高い催し場が常設されていること、日本のキャラクターショップが集積していることはもちろんですが、施設内に自動外貨両替機が設置されており、免税カウンターやインフォメーションの多言語化を進めるなど、インバウンド需要に対応できる環境が整備されていることがあげられるそうです。なによりも、キャナルシティ博多は創業当初より、外国人に対する受入体制の整備や誘客を地道に続けていたそうで、以前より海外向けにモデルルートの提示やプロモーション活動を行っていました。いち早いフリーWi-Fi設備の導入や団体客向けのバス操車場の増設、時にはイスラム教徒のための礼拝室を備えた外国人専用の案内所開設まで行ってきました。こうした地道な積み重ねが今の高い評価につながっているのだと思います。
福岡市では観光交流に限らずビジネスから学術研究、スポーツから芸術まで幅広い分野における海外、とくにアジアとの交流を行政、企業、大学、市民など様々な主体が協力して推進されています。そのため、官民が連携してアジア市場をターゲットとした前述のような誘致を推進することが可能となっているのです。インバウンド政策としてではなく、心理的な距離を縮める。このことが、地政学的な近接性以上に外国人観光客の誘致に繋がっているのだと思います。
円安が訪日外国人観光客の増加にますます拍車をかけており、さらに中国では今月10日に春節を控えています。コロナ渦以前にも増して博多の街が大いに賑わうことは間違いないでしょう。
中洲繁栄の権輿
中洲の西端の方に小さな公園があります。この「中島公園」は繁華街からは離れた場所にあり、公衆トイレ目的の路駐タクシーが散見している程度で人の気配もなく、荒廃した雰囲気すら漂っています。しかし、この場所こそが今日中洲が西日本一の歓楽街へと発展した起点であり、公園の隅にある石碑がその原点を示していることをご存じでしょうか?
福岡藩筆頭家老であった三奈木黒田家が文化9年(1812年)に写させた城下図によるとこの場所には「古御船入」と記載があり、元々船着き場として利用されていた場所が土砂の堆積により使用できなくなり、その後放置されていた場所だったようです。転機となったのは江戸時代後期です。諸外国が盛んに幕府に開国通商を求めていた時期であり、その折長崎にイギリス海軍の軍艦が侵入するフェートン号事件が発生しました。佐賀藩が長崎の兵力を無断で減らしていたため処罰を受け、急遽福岡藩が佐賀藩の分も警固することになり、費用負担が巨額に増大してしまいました。さらに追い打ちをかけるように、度重なる災害による不作凶作によって藩財政も困窮の度合いを深めていたのでした。
こうした背景から福岡藩は藩政改革を実施せざる負えなくなりました。実施されたのは、「御家中并郡町浦御救仕組(ごかちゅうならびにこおりまちうらおすくいしくみ)」と名付けられた、大量の切手(紙幣)を60万両(今の価値で400億円相当)発行して人々に貸し与え、その切手をもって債務の整理や担保にしていた土地の受け戻しを可能にするという大胆な政策でした。そして景気の浮揚と切手の流通のために浜新地(現在の中洲中島町)で茶屋や芝居小屋を建て、芝居や相撲などの興行を行うことにしたのです。まさにその場所が現在の中島公園にあたる場所でした。福岡は武士の街、博多は町人の街であり、その中間にある中洲は双方を共に遊ばせるに都合のいい位置だったのではないでしょうか。その折、藩が天保5年(1834年)に歌舞伎役者として当時人気絶頂にあった七代目市川團十郎を招き、興行を打ったことが公園の石碑に刻まれています。この石碑は昭和47年に来演140周年を記念して、十代目市川海老蔵が碑銘を揮毫し建てられたもので、大入りとなったこの興行が中洲の繁華の基となったと台座正面部分に記されています。
しばらくはこのバブル景気も続いたようですが、案の定大量の切手の発行はインフレーションを招き、以前にも増して福岡藩の財政状況を悪化させる原因となってしまいました。しかし、財政の再建は叶わなかったものの、その後の中洲繁栄の権輿となったことには間違いありません。中洲ではその後、明治時代に入り演劇が流行。映画館が開場となり、大正時代にはバーやカフェが立ち並び百貨店も開業。昭和になると芸者衆が中洲の顔となり、やがて日本有数の大歓楽街へと育って行ったのです。
参考:
市史だよりfukuoka 17 spring/summer 2013
Wikipedia 中洲中島町
九州大学 福岡藩政史の研究 : 天保の改革 (二)
来年度の「中洲飲食店ガイド」様に掲載予定の弊社広告が完成いたしましたので、こちらにてご紹介させていただきます。
博多どんたく港まつり2024
「博多どんたく」は、治承3年(1179年)に始まったと筑前国続風土記(貝原益軒 著)に記されている「松ばやし」をその起源とする凡そ840年余の伝統行事である。 筑前国続風土記には、『平安時代、京都御所の正月、宮中参賀の行事が地方に伝わり、この博多では源平時代のち治承3年(1179年)、正月15日、松囃子を執り行う…』とある。以来、祝いあう行事を洒落っ気の多い博多町人が発展させたものである。古い文献によれば今から400年前、筑前の領主となった小早川秀秋の居城(東区名島城)へ博多の町人が松囃子を仕立て年賀のお祝いに行ったと記されている。その後、黒田藩の城下町となった「福岡」と博多町人の町「博多」との二つの町が270年間、博多松囃子を通じて交流している。 明治5年、新政府より下りてこられた県知事によって松囃子・山笠共中止させられたが、その後、明治12年に再開され「博多どんたく」と呼ばれるようになった。オランダ語のZondag(ゾンターク、休日の意)がその語源と言われている。 戦時中、一時中断されたが、戦後の昭和21年5月、「松ばやし」と「どんたく」が8年ぶりに復活。肩衣を紙で作り、馬はハリボテを首から胸に下げ、三味線、太鼓などは戦災を免れたところから借り集めて、”博多どんたく”のお囃子を瓦礫の町に響かせながら練り歩いたことが、復興へ大きな勇気を与え、翌年22年には福岡商工会議所が中心となって、戦後初めてのどんたくを開催した。 その後、年に一度の無礼講の行事として年々盛んになっていった。 昭和37年、「どんたく」は、市民総参加の『福岡市民の祭り「博多どんたく港まつり」』となり、現在に至る。毎年5月3・4日の2日間、老若男女が思い思いの仮装でシャモジを叩いて町を練り歩き、町に作られた舞台、広場で踊りを披露し、町中がどんたく一色で湧き返る。参加どんたく隊のべ約650団体、出場者約3万3千人、見物客約200万人、春のゴールデンウィーク期間中、日本で一番の祭りといわれるようになる。 ※ 参照:福岡市民の祭り振興会
ゴールデンウィークに開催される福岡博多を代表するお祭り
毎年5月3・4日の2日間(5月2日は前夜祭が行われます)のみ福岡市で開催され、例年全国から約200万人が集まる国内最大級のお祭りです。どんたく広場を練り歩くパレードや花自動車、市内約40ヶ所に設置される演舞台での演舞が見どころです!市民総参加の国内最大級の祭りとして街全体が熱気に包まれます。
※ 桟敷席のご用意はございません。各自自由鑑賞となります。 ※ 雨天/荒天の場合パレードの一部が中止になる可能性がございます。 ※ 参照文章:クラブツーリズム ※ 写真提供:福岡市
第63回 2024年 5 月 3 日のどんたく広場プログラム
13時05分頃 スタートセレモニー 13時06分頃 【稚児舞奉上】稚児東流 13時43分頃 福岡県警察音楽隊 13時45分頃 福岡市民の祭り振興会役員団 13時48分頃 花自動車 13時51分頃 古典どんたく隊 14時09分頃 祝賀大パレード 14時09分頃 中村学園女子中学・高等学校バトン部・陸上自衛隊 第4師団 14時13分頃 昨年度入賞どんたく隊 14時30分頃 各都市どんたく隊 14時49分頃 一般どんたく隊 14時49分頃 パレード型 16時00分頃 通りもん型 16時30分頃 おどり型 19時00分 終了
第63回 2024年 5 月 4 日のどんたく広場プログラム
14時05分頃 どんたく広場:福岡市消防音楽隊 14時07分頃 花自動車 14時10分頃 どんたく花のマーチングパレード 14時10分頃 幼・小・中学校の部 14時35分頃 高等学校の部 14時56分頃 大学・一般の部 15時08分頃 ゲストバンドの部 15時14分頃 昨年度入賞どんたく隊 15時21分頃 各都市どんたく隊 15時31分頃 一般どんたく隊 15時31分頃 パレード型 16時04分頃 通りもん型 16時36分頃 おどり型 17時04分頃 VIP車(市長・会頭) 17時04分頃 福岡市民の祭り振興会役員団・福岡親善大使 17時09分頃 おどり型 17時17分頃 花自動車 17時50分頃 総踊り 18時20分頃 祝いめでた・手一本 19時00分 終了
幸い今年は前夜祭から3日4日も晴天の予報!
早いもので今年も半ば、ゴールデンウィークそして「博多どんたく港まつり」が始まります。例年天候が崩れることも少なくないこのシーズンですが、天気予報では晴天に恵まれるようです。 気温も上がりそうですので見物客の皆様はもちろんのこと、パレードなどに出場される方たちもしっかりと水分補給や休憩をとって「博多どんたく港まつり」をお楽しみ頂ければと思います。 せっかくのおめでたい祭りをみんなで一緒に祝うわけですから、体調不良や怪我などないように楽しみましょう!
博多の初夏の風物詩「船乗り込み」
到着を告げる江戸時代から続く初夏の伝統行事「船乗り込み」が30日に博多川で執り行われました。
中村梅玉さん、中村扇雀さん、坂東弥十郎さん、尾上松也さんを含む出演者と関係者の約120人が
10隻の船に分かれ、約800メートルの水上パレードを行いました。笛や太鼓の囃子が鳴り響き、
紙吹雪が舞い上がる中、両岸に集まった約3万人のファンは「高砂屋」「音羽屋」といった役者
の屋号の掛け声や声援が送られ、 俳優たちが笑顔で手を振って応えました。
昼の公演では「修禅寺物語」が、夜の公演では「東海道四谷怪談」が上演されます。
下船後の式典で、松也さんは「博多の人々は温かく、船乗り込みを終えて嬉しいです。
これから苦労して作っていかないといけない部分は多々ありますけども、
今回は3役を皆様に楽しんでもらえるよう精いっぱい勤めます」と来場を呼びかけました。
博多座公式ホームページ参照
7月には博多祇園山笠を控え伝統あるイベント尽くしの
博多そして中洲、
皆様もお気軽に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
是非、伝統文化をお楽しみください。
今年も始まりました『博多祇園山笠』‼
早いもので今年も下半期に突入し7月となりました。福岡の7月といえば『博多祇園山笠』です!
御神入れ・お汐井取りに始まり飾り山や舁き山も公開されます。
各流の山のテーマやデザインの違いも見どころです。
今回は皆様があまり目にすることが少ない山笠の準備の様子をご覧いただきたいと思います。
ご紹介させていただくのは弊社の所在地でもあり関わり深い「三番山笠 中洲流」です。
勇壮で華やかな山笠ですが、そこに至るまでには様々な神事や山の製作・組み立て等があります。
その一部をご紹介させていただきます。
この様に一つ一つ丁寧に人形師を中心とした作業によって山は製作されていき皆様の前に披露されます。
実物は写真では伝わらない迫力や美しさがあり、実際に舁き山が舁き手に担がれて市内を舁く姿は圧巻です!
是非、7月9日のお汐井取りから15日早朝の追い山まで皆様ご自身の目で見てお楽しみいただければと思います。
天気予報によりますと蒸し暑い日が続きそうですので、熱中症などにお気を付けください。
今年も無事に閉幕いたしました博多祇園山笠
去る7月1日から15日まで執り行われた博多祇園山笠。お陰様で無事に閉幕となり、8月となった今、山笠期間中以上の蒸し暑い日が続いていますが皆様はいかがお過ごしでしょうか。今月は今年の我らが中洲流の様子を一部ですがご覧いただきたいと思います。
7月1日 注連下ろし・ご神入れ・当番町お汐井取り 7月9日 全流お汐井取り 7月10日 流舁き 7月11日 朝山笠・他流舁き 7月12日 追い山笠ならし 7月13日 集団山笠見せ 7月14日 流舁き 7月15日 追い山笠 以上のような日程で執り行われました。
※ 連日の猛暑そして不安定な天気の中、勇ましい掛 け声と共に町を駆け抜ける山笠と舁き手たち。
※ 下記の写真は勢い水(きおいみず)と恵みの雨でずぶ濡れになっている弊社代表の中溝の水法被姿。( 写真中央 )
※ 最終日、櫛田入りの出番を待つ3番山笠 中洲流 の舁き手達の勇姿。
※ 櫛田入り直前のタイミングで大雨が………しかし、そんなことは一切気にも留めず 力強く駆け抜ける3番山笠 中洲流。
令和6年の博多祇園山笠の結果は以上になります。厳しい猛暑の中、 走り続けた舁き手の皆様、そして沿道で声援と拍手を送り続けた観客の皆様、本当にお疲れ様でした。 まだまだこれから暑い日が続きそうですのでご自愛ください。
※ 参照 博多祇園山笠公式ホームページ
9月は『 NAKASU JAZZ 2024 』
交通規制時間 2024 年 9 月 14 日(土)18:00~23:00 2024 年 9 月 15 日(日)18:00~23:00
今年も錚々たるアーティストが出演します。どうぞ皆さま、迫力ある生の演奏をお楽しみください。
参照:【福岡市 観光情報サイト YOKANAVI】【とくなび福岡】【博多警察署】【中洲1丁目町内会】【NAKASU JAZZ実行委員会】
九州最大級の繫華街の祭り「中洲まつり」
暑かった夏が終わり、季節は秋に移り変わりつつある時期ですが、福岡中洲で熱さを呼び戻そうと、中洲一帯で熱いお祭りが3日間に及び開催されました。
「中洲まつり
」その中でもひと際、注目されるのは中洲國廣おんな神輿!地域の女性たちや中洲一帯で働いている女性が神輿を担ぎ、中洲一帯を渡り歩く一大行事です。その様子を少しばかりですが紹介いたします。
中洲國廣おんな神輿とは?と思う人も居るでしょう、中洲の商売の守り神と言われている國廣稲荷神社への商売繫盛の祈願と感謝を込めて行っている神事のようです。
7月に開催される博多祇園山笠は担ぎ手は男性のみで山笠を担いで行う祭りとされていますが、
対して中洲國廣おんな神輿は重量500㎏もある御輿を女性のみで担ぎ、中洲一帯を渡り歩きます。
総勢100人近い女性の担ぎ手や参加者が色様々な法被を着用して神輿を担いでいる姿には山笠とはまた違う魅力的な光景と祭りの醍醐味を味わう事が出来ます。
担ぎ手が入れ替わり、一糸乱れぬ掛け声を出しながら神輿を担ぎ中洲一帯を渡御していきます。
その周辺は担ぎ手達の熱気で一体感が感じられます。
町内の女性達や中洲で働く人達が協力して神輿を担いで中洲中を歩く様は一年に二日間しか見られない為、感慨深くなりました。
二日間にわたり、中洲國廣女みこしが幕を閉じました。来年は記念すべき第50回の為、中洲は更なる熱気の渦になる事でしょう。
皆さんも来年の中州祭りに身を投じて、楽しんでみてください。
中洲5丁目のビルとビルの間にひっそりと朱色の鳥居が在ります、その鳥居の奥には國廣稲荷神社があります。
先の神社へは皆さんが実際に足を運んで、その目で確かめてみてください。